地方に配属されたGHQスタッフは山賊同然だった?

  • 2020.02.26 Wednesday
  • 03:44

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GHQ占領時代のネタを一つ紹介させていただく。
神道指令や憲法を押し付けたGHQの軍人たちがどの程度かわかる話である。

 

以下は、雪祭りに札幌に行かれた方なら、一度は宿泊されるホテルのサイトからの転載。

 

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https://www.70seeds.jp/sapporograndhotel075/

終戦、米軍接収、そして現在へ
 

1945年(昭和20年)8月15日、太平洋戦争終戦。この時から7年に渡り、札幌グランドホテルは米軍接収となります。100名以上いた従業員は、市内2ヶ所の仮設営業所に分散され、ごく一部の従業員が進駐軍に対応するために残りました。壁や床は原色のペンキを塗られるなど大変な時代を経て、1952年(昭和27年)に米軍接収から解放されました。ロゴマーク入りの食器類やロビーや部屋に飾られた絵画などは一点残らずなくなり、畳がはがされペンキまみれになってしまったホテルに1億2千万円という費用を投じて、営業再開に向けた改修工事を行いました。


http://www.grand1934.com/concept/history/history04.html

 

札幌グランドホテル

7年間の米軍接収

昭和9年の創業以来、モダン・エイジの華やかさを謳歌(おうか)しつつ育ってきた札幌グランドホテル。しかし、さすがに太平洋戦争のころには、冷たい突風が吹き荒れました。昭和20年からの米軍接収がそれです。
100名以上いた従業員は、市内2ヶ所の仮設営業所「ニューグランド」と「楽々園」に分散。ごく一部が、進駐軍要員としてホテルに残りました。当時の米軍の命令には絶対服従。また、壁や床に原色のペンキを塗りたくられるなど、まさに冬の時代でした。晴れて米軍接収から解放されたのは、昭和27年。ここにご紹介するのは、本国に帰還する兵士見送りの風景です。

札幌グランドホテルは終戦と同時に、施設備品一切と建物管理関係の従業員95人ともども、米軍将校宿舎として接収された。昭和27年秋の接収解除時、残されていた備品はピアノ1台、ミシン1台、三面鏡7台のみ。
ロゴマーク入りの食器類、ロビーや部屋に飾られた絵画などは一点のこらず消えていたという。畳が剥がされ壁にペンキが塗られたホテルは、営業再開に向けて1億2千万の費用を投じて改修工事を行なった。

 

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日本に民主化なるものを押し付け、戦時中まで支配的だった、植民地支配、人種差別時代のアメリカ人の本性がホテル接収時代に起きた事実から推定可能である。

こういう態度なのだから、無差別爆撃、原爆投下を肯定すると考えなくてはならないのである。

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  • 2020.04.03 Friday
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