イエスとペテロはどう違うのか?

  • 2019.12.09 Monday
  • 04:47

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聖書を読んでもわからないことがたくさんある。
イエスとペテロの布教スタンスの違いについては、「世界史の新常識」(文藝春秋編)にて、加藤隆の説が参考となりそうだ。

 

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「教会」の成立

 

ペトロは大胆な働きかけを行った。エルサレムで人々に呼びかけ、賛同する者たちを仲間に加えて、昼も夜も共に行動し生活する共同体を成立させた。学者たちによって、「エルサレム初期共同体」と呼ばれている。ペトロの方針は、イエスの活動方針の重要な面を無視するものとなっている。

共通点は、「神からの介入を期待する」というところである。しかし、この出発点からの方向が、イエスとペトロで一致していない。

イエスは、町や村を巡って、人びとに「期待される現実」についての呼びかけを行った。

人々が、それまでの日常生活を変化させる必要はない。人々が何か特別なことを行っても、それで神による救いが実現するのではないからである。「人が何をしても、神を都合よく動かすことはできない」「神が一方的に、動くしかない」という、古代ユダヤ教の結論に沿った態度になっている。

ところがペテロは、人びとがそれまでの日常生活にとどまるのでなく、特別な活動を行うことに異議がある、という方針で臨んでいる。「人が何をしても、神を都合よく動かすことはできない」はずなのに、人間の側の活動が神を動かす上で有効なところがあるかのような立場になっている。「神を動かすために何をすべきか」をペトロは知っているという姿になっている。

ペテロが指導者になり、人びとがそれに従う、ある程度以上の大人数の者が、この指導に沿って特別な活動を行うと、特別な組織や制度が生じる。
指導者がいて、それに従属する者たちがいる。彼らが独自の団体を作る。このことが重要である。「人(指導者)による人(従属者)の支配」というべき事態が生じた。

 

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宗教者が指導者として、指導者による従属者の支配が形態として生まれ、「期待される現実」(政治状態)に対し、宗教指導者が「神を都合良く動かす」布教手法を通じて、神の名を語りつつ、宗教団体の衣を纏い政治活動することが可能になったのである。

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  • 2020.01.21 Tuesday
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