周恩来の晩年の告白

  • 2020.06.15 Monday
  • 11:34

JUGEMテーマ:歴史

 

周恩来が自身の生涯を振り返り、後悔の念を以て告白したととれる記述を見つけた。

 

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人間・周恩来 紅朝宰相の真実
金鐘編 松田州二訳

 

訳者あとがき

以下にいくつか紹介するような、死を悟った周恩来が最後の旨のうちを妻。穎超に告げる言葉からは、革命戦争の中で、また建国後に繰り返された政治事件の中で、自分が心にもない選択をし不本意にも毛沢東を持ち上げてしまったことに対する自責の念や、政治の世界と縁を切り伏魔殿・中南海から一刻も早く離れるように妻に諭す周恩来の悲痛な叫びが伝わってくる。

一九七五年九月一二日の日記からー「ぼくはもう長くない。まもなくだよ。ぼくが死んだら、(一)政治に関わらないこと。(二)中南海を離れること。(三)北京を離れ、故郷に帰って養生し、体を休めること。いいね、忘れてはいけないよ、そうすればぼくも少しは安心できるから」

一九七五年一〇三日の日記からー「ぼくはね、よく自分の歩んできた道を総括してみるんだ。ぼくはマルクス主義の道を固く信じ、共産主義こそ人類が奮闘すべき理想の目標であることを信じて疑わなかった。建国して二十六年になるが、政治闘争は一つ終わればまた一つ始まるという具合に続き、国を苦しめていてう。こでも社会主義社会と呼べるんだろうか。これでも人民が主人公となって政治に参加する人民共和国と言えるんだろうか」

中略

一九七五年一二月二八日の日記からー「国は不幸の中にある。建国して二十肋年、いまだに六億の人口がご飯さえ満足に食べられていない」
一九七六年一月二日の日記からー「覚えておくんだよ。ぼくの遺骨は残さないこと。墓は建てないこと。君は中南海から遠く離れたところへ行くこと!」

 

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周恩来は日本では人格者であるかのように扱われてきたが、実相は異なるとみなくてはなるまい。
毛沢東に仕え、その信頼を得、立場を維持するために、犠牲にしたものは、己の良心と自身を慕う家族、そして同志や部下たちだったのではないのか。

 

かようにどす黒い陰謀渦巻く、革命、共産主義社会を正当化する人などいるのか?
周恩来は、もっと研究され、実相が暴かれるべき人物なのではないか?

 

話は変わるが、私が遭遇した上司たちは、部下にウソの手柄を自慢し、自分の出世のためなら平気で部下を陥れるタイプだらけだった。
彼らは当然、吊るし上げられるべきだろうが、そんなことに人生の貴重な時間を空費するのはもったいない。
人を欺き、ウソをつくのは周恩来だけでないし、中国人だけではない。

 

周恩来を、中共が情報操作して配信した情報だけで、高潔な人格を有する人物だと決めつけるのはやめるべきではないか。

 

通州事件の黒幕は周恩来?

  • 2020.05.30 Saturday
  • 14:30

JUGEMテーマ:歴史

 

 

本稿は、1937年に発生した虐殺事件に係わる仮説である。


通州事件
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 


誰も書かないことだが、通州事件の黒幕は誰なのかについて述べたい。

中国共産党の諜報・謀略工作活動の責任者は、文献情報などから周恩来であることは確定的である。

 

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周恩来の正体
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1226

周恩来が示した「三つのスパイの極意」
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1231

戦後の日本を嵌めたのは周恩来?
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1238

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周恩来のこの時代の経歴はこうなっている。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E6%81%A9%E6%9D%A5#%E6%97%A5%E4%B8%AD%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%83%BB%E5%9B%BD%E5%85%B1%E5%86%85%E6%88%A6

1924年、周恩来は帰国し、第一次国共合作を成立させた孫文が創立した黄埔軍官学校の政治部副主任となった。ちなみに校長は蒋介石であった。翌1925年、五・四学生運動時代の恋人穎超と結婚した。

1926年、周恩来は上海に移り、ここで労働者の武装蜂起を指導して上海市民政府を樹立したが、入城した蒋介石の北伐軍に弾圧されて捕らえられ、処刑される寸前で脱出した。その後、国民革命軍の南昌蜂起を朱徳と共に指導した。1931年、江西省の瑞金に中華ソビエト共和国臨時中央政府が樹立されると瑞金に入り、軍事委員会副主席として活動、長征に妻と共に参加した。遵義会議では自ら自己批判をし、毛沢東が主導権を掌握するのを助けた。以来、最後まで毛沢東路線を支える役割を果たした。

1936年、西安事件での活躍で周恩来の名が世界に知られるようになった。これは当時「安内攘外」(国内を安定させてから外国勢力を追い払う)政策を採って共産党を弾圧していた蒋介石を、東北軍の張学良と西北軍の楊虎城が西安で拘束、一致抗日を要求した事件である。第一次国共合作の時代から打って変わって猛烈な反共主義者となっていた蒋介石がこの要求に応じないことに困惑した張学良が、共産党に周恩来の派遣を求め、蒋が国内平和を実現し、日本に対して強硬姿勢をとることに同意することを条件に蒋の釈放を提案した。周恩来は両者の間を調停し、誠心誠意、蒋介石に一致抗日を説いた。妥協しない決意を固めていた蒋介石に開口一番「お久しぶりです。校長」と呼び掛けた周恩来の物腰と、その熱意の前に暗黙の了解をしたと言われる[3]。

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通州事件は、中国共産党の工作があったとの説がある。

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

中国共産党の工作説
アメリカ人ジャーナリストのフレデリック・ヴィンセント ウィリアムズの著書 Behind the news in China (Nelson Hughes, 1938) によれば、事件の背後には中国共産党の工作があった[74]。

加藤久米四郎は『戦線を訪ねて国民に愬ふ』(1937年、東京朝野新聞出版)において、中国共産党や北京大学・南海大学の学生などが主導して「日本人を殺せ」とやったのであり、また通州だけでなく、天津と北京でも同じように学生や国民政府工作機関藍衣社、便衣兵が軍人ではない、日本人の民間人をピストルなどで殺害したと述べた[102]。

盧溝橋事件で日本軍と衝突した第29軍の枢要な地位には複数の中国共産党員が就いていた[103]。また、中国共産党は冀東防共自治政府と保安隊にも抗日分子を浸透させて日本人襲撃計画を立てていた[103]。事件を実行した保安隊幹部の張慶餘と張硯田は第29軍と密通しており武装蜂起の機会を窺っていた[103]。このことから、通州事件も中国共産党の謀略によるテロであった可能性が高いとされている[103]。

張慶余の回想録などによれば、冀東保安隊張硯田の部隊にも中国共産党支部が結成されていた[104][105][6]。

松田純清によれば、通州事件は中国共産党編纂『現代史文献』では全く取り上げられていない[6]。

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ここでいう、中国共産党の工作とは、周恩来の指示があったと見做すことができるということである。

芸能界が3S政策を後押しした?

  • 2020.05.19 Tuesday
  • 08:03

JUGEMテーマ:歴史

 

 

歴史研究的素材として、ジャニー喜多川を扱う必要がりそうな気がしている。

 

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ジャニー喜多川の半生 アメリカ生まれでCIAの情報員もしていた
http://www.thutmosev.com/archives/52688814.html

ジャニー喜多川みずからが語った「芸能史を変えた」数奇な人生
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65419?page=2

ジャニー喜多川
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D

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視点(キーワード)は、CIA、ホモネットワークである。

 

当時のアメリカ政府は、日本支配のために3S政策を推進中。芸能界にCIA要員を送り込み、国民を支配することを当然考えたはずだ。また、最初のビジネスチャンスを韓国にて獲得。
アメリカにとって、ジャーニー喜多川なる人物は都合の良い存在だったことになる。また、日本の芸能界に朝鮮系が多いのは、ジャニー喜多川の方針(朝鮮人を活用して日本支配を目論むGHQの方針?)に沿ったものであるようだ。

 

ジャニー喜多川のホモ伝説については、ジャニー喜多川単独事案としてでなく、(芸能界から政界ホモ人脈に人材供出するという)政界ネットワークの要の役割を担い、CIA要員ということもあり捜査対象外だった可能性があるかもしれない。

 

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中曽根がホモ?になった、そもそものきっかけ
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1188

瀬島龍三の権力の源泉
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1189

「君は僕の全てだ・・」ドナルド・キーンさん
https://blog.goo.ne.jp/pet-shop/e/fadd3bdf7b7e9610a49a000144777dfe

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いずれにせよ、日米政界・芸能界のホモネットワークについては、一見裏面史とみられるものの、ひょっとすると「強固なる支配」実現のために編み出されたものかもしれないという仮説を立てて取り組む必要あるかもしれないと思いつつあるところである。

周恩来配下の四人の有能なスパイたち

  • 2020.04.10 Friday
  • 10:00

JUGEMテーマ:歴史

 

 

「あなたのすぐ隣にいる中国のスパイ」(鳴霞)にて、周恩来配下の有能な四人のスパイの経歴、果たした役割について簡単な紹介がある。

その四人とは、李克農、熊向暉、汪錦元、郭汝瑰。熊向暉以外は、歴史書にも、Wikipediaにも参照できる情報が見当たらない。

 

鳴霞は、周恩来ファンが多い日本人に対し警告を発している。

 

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いずれにせよ国民党は、共産党に軍事力や戦闘によって敗北したのではなく、「内部の敵」中共の潜入スパイによる情報戦に敗北したのである。
そもそも、蒋介石の運命のみならず、日本および中国共産党の命運も大きく変えた一九三六年の西安事件を画策した黒幕も、周恩来である。

 

中略

 

目的のためには良心や道徳、責任感など、日本人の好きな徳目はすべて否定し、謀略や奸計も辞さない、というのが毛沢東、ひいては中国共産党の行動原理であり、その巨魁毛沢東の最高の随伴者で、中共の謀略スパイ工作の元祖が、周恩来だったのである。
日本では、政治家にも知識人にも周恩来ファンが多いが、筆者としてはなんとお人好しの人たちだろうと思うしかない。

 

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毛沢東は、周恩来を信頼し、この四人のスパイを絶賛した。にもかかわらず、日本人が書いた支那事変当時の歴史書に、この四人のスパイが果たした役割について述べた歴史書は見当たらない。
一方、鳴霞は、周恩来の部下として諜報活動に従事した四人の大物スパイ、そして周恩来の正体について言及している。

この違いは何なのか?ただし、鳴霞の本には出典は記されていない。

 

支那事変前後における中国国民党に潜入し、数々の敗戦工作を主導したこれらスパイたちについて調べ直すことで、近現代史において不可解な点の相当数の解明に繋がるのではなかろうか。

国際連合は誰が誰のために設計した組織なのか?

  • 2020.04.09 Thursday
  • 08:10

JUGEMテーマ:歴史

 

 

「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ」(渡辺惣樹)を読んだ結果となるが、共産主義者たちが、戦後国際社会における、ソビエトや中共などの存在を正当化すべく、草案を作成、画策した可能性がある。


一見、平和という美辞麗句のためであるように見えるが、共産主義国家が、国際社会から抹殺されない目的のために、国際連合は設計されたのではないか。

国際連合が国家主権を制限するという見方もあるため、国連憲章が、当時の共産主義国家にとってどういう意味を持つのか、ソビエトスパイの意図を読み込むこむ必要が出てきた。

ソ連という国の存在を正当化し、かつ戦後レジーム維持のための中核組織とするために国際連合は設計されたのではないか。

以下に、該当箇所から転載させていただく。

 

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病んでいることを知っていたFDR自身の発言やその側近の言葉から、FDRにとって国際連合設立がいかに重要だったかが理解できる。実際、FDRは日本との戦いが始まるとすぐに行動を起こしていた。国務省に専門家を集め、国際連合設置のための準備作業に入らせていた。

国際連合の基本構想を練ったのはホーンベックの補佐レオ・パスヴォスキーである。一八九三年にロシア帝国領土であったウクライナの町パウロフラードに生まれ、一九〇五年に反ロマノフ王朝の考えであった良心とともにアメリカに逃げた。コロンビア大学で学んで後、ブルッキングス研究所の経済研究員となった。この研究所(シンクタンク)はニューデイール政策推進の立場でFDR政権の理論的支柱となっていた。パスヴォルスキーは反ロシア帝国の立場からロシア革命に同情的であり、アメリカのソビエト国家承認をFDRに訴えた人物の一人だった。ラルフ・バンチ(政治学者)、グレイソン・カーク(後のコロンビア大学長)も作業に加わった。黒人学者のラルフ・バンチを参加させたことは政治的にリスキーだったが、彼のアフリカについての深い知識が役立った。

彼らが勤務する国務省の部署には特別政治問題担当部(Office of Special Politicak Affairs)

という名称が付けられた。第三者からは業務内容がよくわからないこの命名は議会の警戒を生まない工夫であった。ウイルソン大統領のときは議会の反対で聯合のメンバーになることが叶わなかった。FDRは国際連合構想の最大の障害はワシントン議会になるだろうと考えた。新部署名を目立たせたくなかったのはそのためであった。議会の妨害を避けたかったのである。

アルジャー・ヒスが特別政治問題担当部に移動し事務方の作業を任されたのは、ダンバートンオークス会議開催の少し前のことであった。ダンバートンオークスは富裕な国務相プロパーの外交官ロバート・ブリスの私邸(ジョージタウン、ワシントンDC)だった。ここにFDRが戦後世界の警察官となる四人(米英ソ中四カ国代表)を集め、国際連合の具体的青写真を描く作業を始めさせた。

中略

ソビエトスパイが仕切った国際連合設立作業

本来であれば、四カ国それぞれが基本構想(青写真)を持ち寄って、比較検討しながら構想を練り上げていくはずであった。しかし検討に値する素案を出せたのは米国だけであった。米ソ中三国は、現実の戦いの中で、戦後構想にまで手が回らなかったし、何より青写真作りに人を割く余裕はなかった。その結果、米国務相案が議論の土台となった。アルジャー・ヒスは米国代表事務局長の立場で参加した。ヒスは後に当時の状況についてのインタビューを受けているが、議事録は自身のものが公式なものになったと語っている。国際会議では独自に議事録をつけるのが通常である。米ソ中三国は米国の事務方に頼りきりであったことがわかる。

中略

こうして、ソビエトスパイ、アルジャー・ヒスが実質的な事務局長を務めたダンバートオークス会議は終了した。中略。ダンバートンオークス会議では四カ国が一堂に顔を合わせて会談していない。八月二一日から九月二八までは米英ソ三国が、九月二九から一〇月七日までは米英中三国が協議し、中ソ両国代表が正式な協議の場で同席することはなかった。ソビエト代表が同席を嫌ったのである。

従って厳密に言えば、ダンバートンオークス会議は四カ国協議ではない。二つの個別の三カ国協議だった。ヒスは、中国との協議は四人の警察官の一人であることの体裁を作るだけのものであり、構想協議に参加したとはいえないと語っている。

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推論となるが、ソ連は崩壊しロシアとなったが、中共が崩壊しない限り、戦後レジームは終わらない仕掛けとなっているのではなかろうか?

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