五百旗頭は皇室のアドバイザーたる資格があるのか?

  • 2020.06.21 Sunday
  • 08:55

JUGEMテーマ:歴史

 

宮内庁参与が世代交代することとなった。

宮内庁参与に五百旗頭氏ら3人 渡辺元侍従長らと交代
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020061700571&g=soc&utm_source=top&utm_medium=topics&utm_campaign=edit


一方で、五百旗頭真について、過去の言動を問題視する情報がある。


五百旗頭真氏 「拉致なんて、あんな小さな問題を……」
https://island3.exblog.jp/22015554/


どうしてあんな小さな問題と言えるのか。他人事であるかのような言いぶり、について私は腹が立つ。北朝鮮あるいはGHQの代弁者であることがわかる。

以下の記事は、GHQの代弁者の証左となる。


五百旗頭真の読売寄稿記事(平成27年9月24日)
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=12


さて、「安保条約の成立 吉田外交と天皇外交」(豊下楢彦)には、GHQに対し、余計な情報提供した者たちがいるとの記述がある。

 

//////////////////////////////////

 

(昭和)天皇は、これまで「無責任で代表的でないアドヴァイザー達」が占領当局のアメリカ人による「処罰」をおそれ、彼らに迎合し、彼らが「聞きたいと思う」ことをアドヴァイスしてきた批判する。その結果、「つまらぬ低レベルのグループ」が「日本の精度」を「日本人の思考方法で理解できるやり方」ではなく、「アメリカの型」にあてはめて「こね上げる」ことになってしまったのだという。

天皇によれば、この間の日本は「悪意を持った日本人達のもとで苦しんできた」のであるが、問題は「占領当局」が彼らのアドヴァイスをうけいれ、その結果「多くの誤解が生じてしまう」のではないか、ということなのである。

中略

この点からして天皇は、日米両国の利益に「最も有益な効果」をもたらすであろう行動は「追放の緩和」である、と考えているのである。

 

//////////////////////////////////

 

五百旗頭は、戦中生まれ。どうもこの世代には、敗戦を積極的に肯定する方が多いようだ。

五百旗頭は、皇族に対し、戦後レジームを遵守せよと語るのか、首相発言と齟齬のないお言葉となるべく助言するのか。私には、前者であるとしか思えない。


今後は、この種のアドバイザー的人事について、パブリックコメント実施いただきたいところである。

「天皇制」という言葉は皇室伝統と読みかえるべきだ

  • 2017.02.20 Monday
  • 11:26
「歴史通」(谷沢永一)という本のまえがきに書いてあること、そのとおりだと思うので、そのまま転載させていただく。 ///////////////////////////////////// まえがき 天皇制という呼称は用いるべきでないと、現在の私は考えております。この貶し言葉は、日本共産党がコミンテルンのテーゼを鵜呑みにして使いはじめたにすぎません。大正十一年より前に書かれた我が国の文献すべてには、天皇制という言葉は絶対に記されておりません。これは日本語にあらず、ロシア語およびドイツ語を訳したつもりの外来語です。 この問題に関する私なりの報告は別に刊行いたしました。けれども、この本の原本を出したころ、私は学ぶことまだ浅く、勘所に思い至っていなかったため、間違った記述になっております。本分ですから訂正せずそのままにしておりますが、天皇制、とあるところを、皇室伝統、と読みかえていただきたく存じます。 /////////////////////////////////////

鬼塚英昭の皇室観

  • 2016.01.31 Sunday
  • 09:22
私は、トンデモ本作家と扱われている、鬼塚英昭のファンである。歴史書では味わえない歴史観が描かれている。 鬼塚英昭は、天皇教という言葉を「天皇のロザリオ」で何度も使っている。上巻では、皮肉ぽい意味に聞こえたが、下巻では、親しみと尊敬がこもっている印象がある。 著者は、皇室を天皇教の教祖集団と見立てているようである。 「天皇のロザリオ」下巻において、皇室、神道に関して、以下の記述がある。 ********************************************** 404頁 「日本人の持つ無常観は、美意識が創造した美しき玉なのである。誠に日本は運がよかった。そして、この日本を救った市長が私の故郷の人であることに、私は誇りを持つのである。 411頁 「この文章の中に、かつての美しき日本人の宗教心が見事に描かれている。ここには血と憎悪をかきたてるような空気はまったくない。」 412頁 私たちは「カミの思想」を低次元だと思ってはならない。誇りを持って、天皇教やキリスト教と堂々と対決する精神を持ちたい。一つの超越者に全身全霊を投げ出せという神やゴッドよりも、私たちのカミはおおらかである。そのカミと共にこれからも生きていきたいと思う。 ********************************************** たったこれだけしか引用できる箇所はないが、それでも皇室を維持すべきだという趣旨で書かれたと、私は受け止めてた。 また、以下に、鬼塚英昭とほぼ同意見と思われる補足説明が読める。 ********************************************** http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/1627359.html 「まともな歴史家」の戦争史観に違和感があるのです。 彼らの書籍を読むと、誰にも責任はなく。皆、戦争に反対だった事になってしまいます。(あれだけの日本人が死んだのに。) 白馬に跨がった天皇は乗り気に見えました。 開戦時に詠んだ詩。これから命を張って戦う国民の士気を下げるもののようです。 何処の王様・皇帝も意に沿わない時は`引きこもる。´という常套手段を使いますが、天皇は毎回作戦会議に参加されていたのではないでしょうか。 一神教のアメリカ人が、「現人神」と言われていた人物を「人間宣言」しただけで許せるでしょうか。 そんな過去を持つ人物を、現在の西洋の王族が暖かく迎え入れてるのは何故でしょうか。(同様に、どのTV局も天皇批判は絶対しないのは何故でしょうか。) 石油が足りないという国状の中で。わざわざ真珠湾を攻撃し、何も取らずに米国の利を作り出したのは何故でしょうか。 日本では、馬鹿でいたほうが幸せに生きられるのかも知れません。 ********************************************** たったこれだけの情報なのだが、もし皇室という存在が、我々が思っているほど………いやそれ以上に………ということが知れ渡った場合のことを考えておきたい。 保守層は、幻滅するか、あるいは否定するだろう。あってはならないことであるからだ。 私は、状況証拠的にありえないことではないと思う。具体例では書かない。ただ、仮にそういう事実があったにせよ、我々の歴史・文化・伝統に照らして、何か変わるのだろうか? 神道は、祖先崇拝だったはずだ。そして、鬼塚英昭が指摘するように、唯一神を崇める宗教よりも神道はおおらかであったはずだ。神道には教典もないのだ。 従って、仮にそういう事実が見つかったにせよ、見つからなかったにせよ、鬼塚英昭が、天皇のロザリオを書きながら見出した「言の葉」は、戦後と戦後で認識が大きく変わった皇室について、現代的な意味で我々が受け入れやすい皇室感なのではないかと、思い至るのである。

先帝陛下、今上天皇のこと

  • 2015.04.29 Wednesday
  • 17:48

昭和の日に因んだ、お薦めしたい情報です。

昭和天皇とパラオのペリリュー島の戦い・昭和の日・日本国民を励ました先帝陛下のお言葉と全国ご巡幸
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5812.html


戦後、先帝陛下は、一兵の護衛をも連れずに、ツギのあたった背広をお召しになられ、中折れ帽をかぶって、全国ご巡幸を開始されました。
http://blog.livedoor.jp/abechan_matome/archives/33456821.html

天皇号について(教科書に記述すべき内容)

  • 2014.06.08 Sunday
  • 07:45

天皇号に係わることについて、山本博文の「歴史をつかむ技法」という本に解説がある。
一読して、古代史、古文を勉強する人にとって、常識レベルのことであり、歴史や古文の教科書にて記述すべき情報であることがわかる。
少なくとも、私が学んだ教科書に、こういう記述はなかった。意図的に知らせないようにしたのであろうと、今は思っている。

この他にも、日本人が常識として知るべきことで、歴史や古文の教科書から意図的に除外されている情報がたくさんあることを疑っている。教科書執筆者たちもそして文部科学省も信用すべきではないという意味である。

この本、内容的には地味だが、歴史を学ぼうとする、社会人には参考となりそうなことが、さらりと書いてある。

………………………

歴史をつかむ技法 山本博文

32〜34頁

天皇号のいろいろ

天皇とは、飛鳥時代の天武天皇の時に成立した称号だとされています。本来は「すめらみこと」と読みますが、それがいつから「てんのう」と呼ばれるようになったのかは明らかではありません。天皇は、それ以前は「大王(おおきみ)と呼ばれていました。
そして、天武天皇にしてもその在位中に「天武天皇」と呼ばれていたわけではありません。○○天皇といった呼称は死後に贈られるものだからです。これも現在でも同様ですが、その時代にまさにその位にある天皇は、「今上(きんじょう)天皇」あるいはただ「天皇」と呼ぶことになります。天皇は唯一人なので、それで十分なのです。
天皇の呼称には、いくつかの付け方があります。多くは「諡号(しごう)」と言い、その天皇の業績を賛美してつけられた呼称です。中国風と国風の二通りがあり、神武、綏靖から元正に至るまでの中国風諡号のほとんどは、八世紀末に淡海三船という学者が淳仁天皇の勅命により一括して撰んだものです。
その後は、不幸な生涯を送った、崇徳・安徳。順徳などの慰霊のため諡号が贈られたことを例外として、諡号は付けられなくなり、賛美の意を含まない「追号(ついごう)」が一般的になりました。単にその住居や葬られた陵墓の地名などを用いたもので、ある天皇の血筋や業績にあやかってその追号に「後」を付ける場合もあります。たとえば建武の新政を行った後醍醐天皇は、天皇親政を行った理想的な天皇とされる醍醐天皇を尊敬しており、生前から自分の追号を決めていました。
長い間、号のなかった天皇もいます。たとえば、天智天皇の子の大友皇子に「弘文天皇」の諡号が追贈されたのは、明治三年のことです。
また、諡号の勅を出した淳仁天皇は、恵美押勝の乱の結果、淡路に流されて没したため諡号がなく、「淡路廃帝」と呼ばれていましたが、やはり明治三年に淳仁の諡号が贈られました。
こうして歴代天皇の呼称を、当時そう呼ばれていなかったからと言って否定してしまっては、歴史的な記述は煩雑になり、むしろ混乱のもととなります。呼び名がないと歴史は叙述できないので、後で贈られた名前であることは前提として、便宜的に天皇を呼んでいるのです。

………………………

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