つい最近まで、碌な歴史学入門書がなかった理由

  • 2019.10.07 Monday
  • 14:00
最近、歴史学入門書がそこそこ増えてきている。 以前は見かけなかった。 「独学で歴史家になる方法」の書評欄に面白いことが書いてある。 ////////////////////////////////// https://www.amazon.co.jp/%E7%8B%AC%E5%AD%A6%E3%81%A7%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%AE%B6%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95-%E7%A4%AB%E5%B7%9D-%E5%85%A8%E6%AC%A1/dp/4534056478/ref=olp_product_details?_encoding=UTF8&me=&qid=1570423411&sr=1-1 終活老人 5つ星のうち5.0 史学科生の必読書 2019年10月5日 Amazonで購入  書名で「在野で」と銘打っているわけだが、読み進めていくうちに、文学部史学科の史学概論とか歴史学研究入門の教科書として最適では、との思いが深くなった。それで気になったので大学図書館での所蔵をチェックしてみたら、なんと10に満たない所蔵だった。これでは、アカデミックな歴史学の教師が手の内をさらしたくなくてわざと所蔵させていないのでは、と勘ぐりたくもなる。逆にいうと、それだけ出来のいい良書である。価格帯もいい。 Suzuki 5つ星のうち5.0 素人でも玄人顔負けの研究が可能 2019年1月2日 著者は「サンカ」の研究やアンダーグラウンドな戦後史など、従来の歴史学者が手をつけてこなかった領域を開拓し、その分野での第一人者として活躍している在野の歴史家。最近では『日本人はいつから働きすぎになったのか』などで、斬新な視点からのヒット作も生み出しており、ブログを拝見したところによれば、珍しい古本(稀覯本)などにもお詳しい方である。 この本は、これまでの氏の研究の方法論の手の内を惜しげもなく明かしてくれたような手引書で、素人でも玄人顔負けの研究が可能であることを示してくれている。たしかに、文学にはセンスが必要だが、歴史学であれば、とりあえずは事実の積み重ねだから(プラスアルファの「解釈」も必要なのだろうが)、素人でも挑戦できそうな気になる。事実、郷土史などは、いわゆるアカデミックな学者はあまり手を出さない、「素人」による貢献が不可欠な分野である。 この本では、研究の余地のある事柄の具体例を挙げてくれているので、その中で興味をもった項目を掘り下げてもよいだろう。しかし、これはこれでヒントとして受け止め、自分の関心の持ったことを追いかけてもよいのだろう。案外、題材は身近なところに転がっているのかもしれない。たとえば、自分史など。 私事を言わせていただくと、昔、先祖調べをしたことがあり、戸籍を遡れるだけ遡ってから、会ったこともない本家を探し当てて突然連絡して訪ねていき、過去帳をすべて写真に収め、それを(江戸時代の毛筆だったので)知りあいの骨董屋に解読してもらい、そこから郷土史にあたり、引用されていた検地帳で自分の先祖の名前を見つけたりしたことがある。それでわかったのは、私の先祖は近江商人で、北前船に乗って若狭と蝦夷とを往復しているうちに、おそらく「青森で開墾すれば一定期間年貢を免除する」という津軽藩のお触れを受けて、青森に定住した百姓だということだった。もう少し堀り下げれば、立派な論文になるのではないかとアドバイスを受けたこともあった。 要するに、自分で知的好奇心を感じる素材を見つけ、それで人(できれば玄人)にも知的好奇心を抱いてもらえることができれば、立派な研究成果といえるのだろう。 この本は、一部の専門家ではなく、誰でも研究が可能であること、そしてその方法を示してくれたという点で、在野の歴史学の第一人者による、ありそうでなかった貴重な本だといえるだろう。 レインボーおやじ 5つ星のうち5.0 便利で実践的なハウツー書 2018年12月25日 かなり便利なハウツー書。大学で歴史学を学んだ方にもオススメ。ゼミではやらない実践的方法が豊富。 ////////////////////////////////// 世の大学教官は、例外なく、剽窃されることを恐れている。手の内をさらしたくない大学教官はたくさんいるが、アメリカ史においては、在野の研究者、渡辺惣樹に完全にゴボウ抜きにされている。 特に、歴史は学問的に反日研究者が多い関係で、在野の人が独学で研究者を目指すことは、捏造歴史学者を蔓延らせない点において、社会的意義がある。

アメリカのフイリピン植民地化の動機

  • 2019.09.23 Monday
  • 17:06
「日本史の新常識」にて「日米戦争 知られざる『原点』」(渡辺惣樹)の一文が読める。 ////////////////////////////////// ハワイについては、海軍次官であったセオドア・ルーズベルトや戦略家アルフレッド・マハンらは、太平洋シーレーンの要たるハワイモできるだけ早い次期に領土化しておきたかった。しかし併合に必要な上院の三分の二の賛成が得られなかった。ルーズベルトらは、ハワイの地政学上の重要性がわからない”ばか野郎政治家”に苛立っていた。そこで彼らが思いついたのが、対スペイン戦開始と同時に、キューバとはなんお関係もないスペイン領フイリピンを攻撃し、戦場を同地に作りあげることだった。フイリピンが戦場になれば、ハワイがロジステイック上の拠点にならざるを得ない。陸軍はみなハワイを経由してフイリピンに渡って行ったのである。 ハワイ共和国は開戦と同時にアメリカへの全面協力を宣言し、”ばか野郎政治家”もハワイの安全保障上の価値をやっと理解した。そして一八九八年八月十二日にはホノルルに星条旗が上がったのである。 //////////////////////////////////| この時点から、アメリカは地政学の論理で安全保障問題を検討していたこと、フイリピンがアメリカの国内事情により戦地化され、何の罪もないフイリピン人が巻き添えを食らった。 少なくとも、この時代から、第一次大戦、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争の期間、この種の奸計が編み出され、戦争がデザインされたと考えなくてはなるまい。 そして、この期間のアメリカ政府の中枢は、戦争犯罪人と非難されても仕方あるまい。 大東亜戦争は、アメリカは日本軍に先に攻撃させることで、アメリカ国内に対し参戦を正当化することが実現した。朝鮮戦争はどうか?北朝鮮軍に先に攻撃、侵攻させることを事前想定、入念に準備したのではないかと考えるのである。

「富田メモ」を無条件で肯定する、政治史学者の弁

  • 2019.08.17 Saturday
  • 09:13
「近現代日本を史料で読む」(御厨貴)にて、富田メモを無条件で肯定する政治学者の弁が読める。 ////////////////////////////////// 筆者はスクープ直後に日経新聞社に呼ばれ、「富田めも」についての対談を行うことになった。そこで実物を目の当たりにしたが、その量は膨大であり、精緻であり、第一印象から信用がおけるものと思った。九月からは、「富田メモ」を丹念に読み解き検証することを目的とした「富田メモ研究委員会」が組織され、その一員として半年余り精読する機会を得たが、史料として揺るぎないものと確信した。 では、「富田メモ」とは具体的にどういったものか。 それは日経新聞の社会部記者井上亮が、二○○六年五月に富田の遺族から借り受けた日記と手帳である。日記は宮内庁次長就任直後の一九七五年一月から八六年末までA5判ノート一11冊。毎日の記述ではなく、内容は公私にわたる。万年筆で書かれ、新聞・雑誌の貼り込みも見られる。手帳は、能率手帳、小型ルーズりーふ、革製手帳と三種類ある。能率手帳は一九八七年から九七年まで11冊。主にスケジュールだが、人物評や感想などもある。小型ルーズりーふは私製と市販がそれぞれ二冊があり、前者は一九八七年、後者は八八年の公務の記録で、細かく誰に会い、どういった会話をしたかが記されている。革製の手帳は、一九八八年に昭和天皇の言上した記録である。いくつかメモ用紙が貼られている。靖国参拝中止の言葉はここに描かれていた。いずれも旧来の史料に比べると格段に読みやすい。ちなみに日記は小学生時代からつけていたと聞く。 「富田メモ」は現代史を解明するうえで最高の史料であると言って過言ではない。 ////////////////////////////////// 歴史学の本を読むと、歴史は科学であり、科学であるからこそ、史料検証のための調査が為されると書いてあるが、この政治史に詳しい学者の弁からは、どのような方法、着眼点で史料検証したか伝わってこない。 おそらく、長年の経験から、史料に致命的な欠陥がないとしたいのであろう。 歴史が科学であると説く、歴史学者の弁は、初学者向けの心構え論と思えてしまうのである。

歴史学者たちは技法についての考え方を重要視していない?

  • 2019.06.25 Tuesday
  • 14:29

歴史学において「技法」の存在と必要性、活用方法について文章化する歴史学者、歴史家は存在する。

しかし、歴史教育においてさえ、歴史研究技法の標準的な考え方が定まっていないとの見解が以下に、示されている。

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歴史をつかむ技法 山本博文

歴史教育に限らず、学校教育には従来から「知識偏重」の批判がありますが、歴史研究者の立場から見ても、歴史知識を活かすための教育が不足しているのはあきらかです。

意欲も体力も十分にあるのに、走り込みや球拾いばかりさせられていて、ボールの効果的な投げ方も打ち方も教えられない野球部員のようなものだと言えばよいでしょうか。

もちろん、教育の側にも知識偏重への反省はあって、教科学習の私信となる文部科学省の「学習指導要領」でも、「歴史的思考力」を培うことが相当以前から協調されているのですが、いまだ知識偏重が克服できていません。というのは、「歴史的思考力」という概念自体が曖昧で、学校教育の現場でもそれが共有されていないあからです。あえて何が歴史的思考力かを問い、これを明確にしようと思うと、歴史学会や教育現場が百家争鳴になってしまうので、文科省も踏み込めないのでしょう。

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歴史教育において、歴史研究技法についての標準的な考え方が定まっていないことは、歴史学者、研究者の世界において、技法の定義、活用方法について共有化されていないことに繋がる。

歴史学者たちは、「歴史は科学である」と説くが、本当に科学であるなら、理科の実験と同様、誰がやっても同じ見解が出るはずだし、歴史研究における捏造は捏造であると糾弾されるはずである。

中でも、南京虐殺、慰安婦問題について、歴史学会が中韓寄りと思われるスタンス、中でも慰安婦訴訟に際して、捏造研究を指摘された歴史学者とその取り巻きたちがとった対応について、私は違和感を持っている。

慰安婦問題の研究の第一人者と言われる歴史学者たちのの対応はどうだったか?

吉見裁判最高裁決定に対する抗議声明 http://www.torekiken.org/trk/blog/oshirase/20170706.html

主犯は吉見義明氏である http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51907625.html

「慰安婦=性奴隷説は捏造」発言の桜内前議員、吉見教授に勝訴  https://www.sankei.com/affairs/news/160120/afr1601200030-n1.html

捏造だと指摘され、捏造でないなら、学術的に捏造でないことを技法を駆使して説明すればいいだけのこと。それが科学的なやり方となる。裁判で争うという姿勢、手法こそ、歴史学の権威としてあるまじき行為であろう。

研究業績的にやましいことがあったので提訴したという見方もできる。技法的に怪しい研究を続け、それが捏造という最終評価に繋がった可能性もある。 歴史学の専門家たちが、最高裁判断にまで抗議声明を発表する見苦しい対応、何と言うべきか。 捏造だと言われて名誉毀損だとして言論封鎖しようとしたことは、科学上の論争を避けたことを意味する。また、この裁判は、歴史学の専門家たちは、捏造であるとする在野の指摘に、敗訴した点において画期的である。

歴史学の専門家たちは、歴史学の技法について、今一度総点検すべき事態となったはずである。

「歴史は科学である」と主張する歴史学者たちは、捏造歴史学者に対して、捏造であるとの見解を率先して示すべき社会的立場にあることを忘れてはならないのである。

記紀に関する多面的な研究の必要性

  • 2019.03.12 Tuesday
  • 10:28

記紀というと漢文が理解できる歴史学者の研究対象とみなされてきた面がある。

「詩歌の森へ」(芳賀徹)では、恋愛詩人としての神武天皇の歌を読み解き、自然の豊かさだけでなく男女の恋愛感情が述べられているとしている。

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詩人神武天皇

『日本書紀』によれば、天皇が東征してきて、さまざまな危機に遭いながらも大和を平定して三十年ほどたったある夏のこと。天皇は大和盆地南端の、いまの御所市に近い「ほほの丘」に登って、眼下にひろがる国の地形を見晴らしながら、こう叫んだという。 「ああ、なんてすばらしいことだ、この国をわがものにしたというのは!ほんの狭い国土とはいっても、うねうねと、蜻蛉がつるんんだりょうな山々に囲まれているではないか。」 国を護ってくれるやまなみを指して、「蜻蛉の臀呫(交尾)の如くにあるかな」とはまことに面白い秀技な譬(たとえ)だ。折しも夏のはじめ、太古の日本列島にはもうたくさんのとんぼが、雌雄つながったりして、地に空に飛んでいたのにちがいない。それにしても神武天皇は、神代の神々に劣らず、なんと詩心ゆたかな英雄だったことか。このとき依頼、大和の国が、やがて日本全土が、あきづ島と呼ばれるようになったというのも、もっともなことだ。

神武天皇はなかなか隅におけぬ恋愛詩人でもあった。古事記によれば、伊須気余理比売(いすけよりひめ)が正式にお后として朝廷に召されたとき、天皇は彼女にこんな歌を贈ったという。

葦原のしけしき古家に菅畳いや清敷きて我が二人寝し

奈良の狭井川のほとりにあった少女の家、天皇はそこを訪ねてすでに一夜を共にしたことがあったのだ。−あの河原の、葦の生いしげるなかに隠れた小さな家、あそこでお前と二人、匂いもいい菅のむしろをさやさやと鳴らして敷いて、愛しあったことがあったね、と。

記紀神話のなかの第一代天皇が、こんなすてきな、音も匂いも触感もある愛の歌をつくっていた。秋津しま大和の国、日本は、やはりなかなか面白いいい国ではないか。

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神武天皇の存在を否定したい人たち、特に古代史の歴史学者たちは、記紀は神話の話が多く、本当に、神武天皇がそのとおり語ったとか本人が歌を詠んだ直接的証拠がない、あるいは、記紀が歴史書として不十分だということにして、ここにある歌の意味も文学的価値も認めたくないのかもしれない。

しかしながら、上記のような文学的解釈は、古代史の歴史学者にはいくら背伸びしても無理なことである。詩心を理解する文学者ないし詩人でなければ理解できないことであることは説明するまでもない。

また、こんな見方もできる。記紀が成立した時代、そもそも学問は存在したのか?歴史学は存在しその歴史学理論に沿って記紀は編纂されたのか? ありえるはずもない。

記紀を現在の歴史学研究のモノサシで判断することが間違っていると思うのである。

そのうえで、記紀に書かれていることが、単純な歴史書としての記述ではなく、文学を含め多元的なものであるのならなおさら、記紀は歴史学者だけでなくそれ以外の分野の多くの研究者が分析、研究すべき価値あるものということになるのではないか。

少なくとも、「詩歌の森へ」にて著者芳賀徹は、記紀の(歴史的)価値云々について、「文学的センスがない、古代史の歴史学者たちが言及する愚かさ」を例として示したと考えるのである。

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