歴史用語(史料、史実他)の定義

  • 2020.06.08 Monday
  • 16:20

JUGEMテーマ:歴史

 


「世界流通史」(谷澤毅)の本に歴史の研究者が、史料、史実をどう扱うかについて述べた箇所がある。

 

//////////////////////////////////

 

史実とはなにか

 

過去にあった出来事や事実を史実という。一般に、歴史の研究者が史実の事実性を証拠立てるために用いる素材を史料という。その中心をなすのは文書史料である。文字による記録を便りにわれわれは史実を捉え、過去の状況を再現していくのである。商業・流通の歴史であれば、取引の規模を把握するうえで数値化が可能な史料も欠かせない。埋蔵されていた貨幣や陶磁器など、考古学的な成果による出土物も、現物として過去の商業・流通の実態を具体的に示す素材となる場合が多いので重要である。
史実がまさしく史実であったということを裏付けることは難しい。古い時代の事柄であれば。一連の史実をどう解釈するかという歴史の見方の問題以前に、ある出来事がはたしてあったのか否かという、単純な問題に直面することもある。史実の事実性を証拠立てるのが史料である。しかし、われわれが史料から知り得る事柄はほんのわずかでしかない。

史実は歴史家がつくる
「歴史の事実というものは、もうなくなったものをあとから歴史家が証拠をもとに推測してもう一度つくってみるようなもの」である(神山四郎「歴史入門」68頁)。この点を指して、アメリカの歴史家であるカール・ベッカーは、しばしば引用される次のような言葉を残した。「歴史の事実というものは歴史家がつくるまでは存在するものではない」。

 

//////////////////////////////////

 

一般の歴史書で、歴史用語の定義をする本は珍しい。教科書的本と言えるだろう。

 

歴史用語としての「神話」の意味

  • 2020.01.12 Sunday
  • 12:08

JUGEMテーマ:歴史


国語辞典の意味としてではなく、歴史用語としての「神話」の意味について、「日本は天皇の祈りに守られている」(松浦光修)の記述が参考となると考えたので引用させていただく。

 

//////////////////////////////////

 

「神話」ではなく「神代の物語」

 

『古事記』や『日本書紀』に残されている「神代の物語」を、江戸時代の学者たちは、「神代巻」と呼んでいました。ところが、そういう言い方は、いつのまにか消えてしまい、今は学界でも世間一般でも、それらのことを「神話」と呼ぶようになっています。神道の世界にいる方々でさえ、そう言ってはばからない方がいますので、何も目くじらを立てる必要はないのかもしれません。しかし、私は近ごろ、「神話」という言葉に対して、かなり違和感を覚えるようになっています。

 

「神話」というのは、”myth”の翻訳語で、明治三十二年から、一般でも広く用いられるようになった言葉です(谷省吾『神道言論』)。しかし、この”myth”という言葉には、ほかの意味もあります。「作り話」「でっち上げ」「根拠のない話」などです。「神話」という言葉は、聞いただけでは、何やらありがたそうな言葉ですが、それはあくまでも表面上の話で、その言葉の内部には、きわめて否定的な意味が含まれているのです。
「一神教」に改宗した西洋の人々から見ると、「ギリシア」「ゲルマン」「ケルト」などの多神教の「神話」は「作り話」「でっち上げ」「根拠のない話」に見えたことでしょう。ですから、西洋から伝わったその言葉に、否定的な意味が含まれているのは、ある意味では当然のことです。

 

中略

 

ともあれ、「神話」という、いわば”日本の神々”に対して差別的な意味を含む翻訳語が広がり、やがて定着し、いつのまにか日本人も、わが国の「神代の物語」を「つくり話」と同じもの…と、思うようになってしまいました。そうねってしまった原因として、「戦後体制」のほかにも、わが国の近現代の「神話研究」の、悪い意味での”成果”が決定的な役割を果たしているように思われるのですが…

 

//////////////////////////////////

 

記紀神話を語る際、西洋史的視点だけでなく、国語辞典的視点から語るべきではないと、松浦光修は言いたいのではないか。

キリスト教の定義

  • 2019.12.21 Saturday
  • 09:09

キリスト教の定義については、Wikipediaにあるような情報があちこちで入手可能である。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99

しかし、ユダヤ教との対比において、これといった定義はなされてこなかったように思える。

 

JUGEMテーマ:自分が読んだ本


「世界史の新常識」(文藝春秋編)にて、加藤隆の定義が参考となるように思う。

//////////////////////////////////

「キリスト教」はイエスの死後につくられた

キリスト教は、後一世紀前半のイエスの活動がきっかけとなって生じた。
「キリスト教」は、「ユダヤ教」とは別のものであるかのように理解されてしまっている。
しかし「キリスト教」は一種の「ユダヤ教」だと考えた方が、誤解が少ないと思われる。
後一世紀に、それまでのユダヤ教に変革の機が熟して、結局のところ後一世紀末頃に、二つの選択肢が選ばれ、それぞれが展開することになった、そのひとつが「キリスト教」と呼ばれるようになった。

「ユダヤ教」と「キリスト教」のどちらにおいても、神は、ユダヤ民族の神だったヤーヴェである。このことに着目して、「ユダヤ教」も「キリスト教」も「ヤーヴェ崇拝の宗教」と考え、「ユダヤ教」は「ユダヤ民族に限定された<ヤーヴェ崇拝の宗教>」、「キリスト教」は、「ユダヤ民族の枠
にとらわれない、普遍主義的な<ヤーヴェ崇拝の宗教>」と捉えるならば分かり易いのではないだろうか。

//////////////////////////////////

時代は変わっても、キリスト教は、ユダヤ教を母体として派生した宗教なのである。
イエスの活動、イエスの死後のペテロの活動、その後に蓄積された神学が、現在のキリスト教を導いたと考えるべきなのである。

「闇の支配者」の定義

  • 2019.12.07 Saturday
  • 05:31

JUGEMテーマ:オススメの本

陰謀論的視点で歴史研究を行う際、世界を支配する集団を総称した言葉として「闇の支配者」という言葉などで表現することになることが多い。


しかし、この言葉について、実態がはっきりせず、なかなか定義しにくい言葉であると思っていたところ、「闇の支配者たちが仕掛けた ドル崩壊の真実」(ベンジャミン・フルフォード)にて、わかりやすい定義がなされている。


//////////////////////////////////

ここで、私が「闇の支配者」と呼ぶ人々について説明しておこう。
その最終目標から、彼らは大きくふたつに分かれる。一方は米連銀と軍産複合体、ヴァチカン、ロックフェラー、パパブッシュ、ロスチャイルドの一部など。これはドル石油体制を維持したい勢力だ。もう一方は金(ゴールド)の現物をもっている勢力で、米連銀を倒してドル石油体制を崩壊させたいと考えている。これは中国やロスチャイルドの一部、それと無からお金をつくる仕組みをなくしたいと考えている世界中の国々だ。ふたつの勢力にヨーロッパの貴族や王族、アメリカの金融資本家などが絡み合って、複雑な勢力図を形成している。たとえばロスチャイルド家は分裂して互いに争っており、一概にどちらの勢力だと決めつけることはできない。
要するに、ドル・ユーロの印刷機を温存したい勢力と、壊したい勢力でわけて考えれば世界の動きはより理解しやすくなるだろう。

//////////////////////////////////

 

中国とは、中共のスポンサーなのか、中共指導者のことを指しているのか。はっきりしない。
序列順序的にはヨーロッパの王族、貴族と書くべきところ、ヨーロッパの貴族や王族としているのも面白い。王族よりも貴族の方が金回りが良いという意味なのであろう。

通史の書名について

  • 2019.02.09 Saturday
  • 16:48
通史の本の書名として、「○○国紀」、「○○国史」とする場合に求められる要件について、日本書紀編纂の時代に定められた約束事があるそうだ。 「六国史 日本書紀に始まる「古代」の正史」(遠藤慶太)から、該当箇所を引用させていただく。 ////////////////////////////////// 7頁 六国史は、天皇代ごとのまとまりを「紀」と呼称した。 中略 日本では近代を迎え、孝明天皇・明治天皇の事績を公的な書物として遺そうとしたとき、『孝明天皇紀』『明治天皇紀』のように「紀」の名称が採用された。古代より途絶えていた史料編纂の伝統を踏まえ、天皇個人を描きながら、そこに国家の歴史をも重ねる。「紀」のあり方がよく表れているだろう。 中略 七〇一年に施行された大宝令の注釈「古記」(天平一〇年(七三八)頃成立)には、「国史」とは実録のようなものだと解説した部分がある。 <「古記」にはこうある。「整理しととのえることを「修」という。採用したり棄てたりすることを「撰」という」と。[中略]また古記はこうもいっている。「「国史」とは、その当時の事実を記した書物の名称である。『春秋』『漢書』のような類である。実録のことである」と。> 右は図書寮の職務「修撰国史」の解説である。 ////////////////////////////////// この本は、位置づけとしては、大学教養過程の日本史の教科書みたいな本である。なぜなら、大学生協の新書版コーナーにて平積みになっていたのを見つけたからである。 この本の説に従うならば、「○○国紀」、「○○国史」と題された本を書店で見つけた場合は、皇国史観での歴史書であるならば、書名と書かれている内容が上述の要件を満たす必要がある。 些細でとるにならないことかもしれないが、皇国史観の本であるとするなら、先人が定めた決め事を外したりすることは、すべきことではない。 大学教養過程の学生が知っていることを、歴史家が知らないことは本来あってはならないのである。

PR

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

  • 歴史学者がルーズベルト陰謀論を肯定することは「歴史学界のタブー」なのではないか
    masurawo (07/03)
  • 歴史学者がルーズベルト陰謀論を肯定することは「歴史学界のタブー」なのではないか
    たつや (07/02)
  • GHQプレスコードの目的 米兵強姦事件等隠蔽のためだった
    masurawo (04/30)
  • GHQプレスコードの目的 米兵強姦事件等隠蔽のためだった
    たつや (04/29)
  • GHQプレスコードの目的 米兵強姦事件等隠蔽のためだった
    masurawo (04/29)
  • GHQプレスコードの目的 米兵強姦事件等隠蔽のためだった
    たつや (04/27)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM