排日移民法に抗議、自決した烈士

  • 2020.01.27 Monday
  • 13:03

JUGEMテーマ:歴史

 

「靖国に祀られざる人々」という本に、排日移民法に抗議、自決された方の紹介がある。

 

 

藤井厳喜は、「太平洋戦争の大嘘」という本にて、自決された方の遺書を紹介、文面からクリスチャンであろうと推定している。

 

 


地位も名誉も金も求めない、生き方を選ばれた方であったように思う。

嫌韓本において見過ごされている情報

  • 2019.11.22 Friday
  • 04:46

原文ではかなり前に読めた本であるが、翻訳書として、2017年に刊行された本がある。
「裏切られた自由」(ハーバート・フーバー著)である。

 

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「裏切られた自由 下」に書かれている一節を参照したい。

 

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私(フーバー)が初めてこの国を訪れたのは一九〇九年のことである。日本の資本家に依頼され、技術者として助言するためであった。当時の朝鮮の状況には心が痛んだ。人々は栄養不足だった。身に着けるものも少なく、家屋も家具も粗末だった。衛生状態も悪く、汚穢が国全体を覆っていた。悪路ばかりで、通信手段もほとんどあく、教育施設もなかった。山にはほとんど木がなかった。盗賊が跋扈し、秩序はなかった。
日本の支配による三五年間で、朝鮮の生活は革命的に改善した。日本はまず最も重要な、秩序を持ち込んだ。港湾施設、鉄道、通信施設、公共施設、そして民家も改善された。衛生状況もよくなり、農業もよりよい耕作方法が導入された。北部朝鮮には大型の肥料工場が建設され、その結果、人びとの食糧事
364頁

情はそれなりのレベルに達した。日本は、禿げ山に植林した。教育を一般に広げ、国民の技能を上げた。汚れた衣服はしだいに明るいいろの清潔なものに替わっていった。

朝鮮人は、日本人に比較すれば、管理能力や経営の能力は劣っていた。このことが理由か、あるいはもっと別な理由があったのか確かではないが、経済や政治の上級ポストは日本人が占めた。一九四八年、ようやく自治政府ができた。しかし朝鮮人はその準備ができていなかった。

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多くの嫌韓本において、日韓併合で日本政府が朝鮮半島においてしたことが肯定的に書かれている。写真付きで説明した本も読んだ。
嫌韓本を何冊か読んだ印象を述べると、これらの本を書いた著者たちは、読者を説得すべく、いろいろ知恵を絞り、考え抜いて書いたようだ。

 

 

一方、「裏切られた自由」の著者は、ルーズベルトの政敵だった、元アメリカ大統領である。
元アメリカ大統領が、朝鮮半島において当時の日本政府がしたことをほとんど肯定している。この本を読む限り、フーバーの視点は日韓どちらに対しても中立である。どこかの新聞記者の如く、金大中葬式ネタで発狂して出稿するようなことはない。これほど説得力ある説明が他にあるだろうか?

 

推定するに、嫌韓本の著者たちは、「裏切られた自由」をまったく読んでいないか、知っていてもきちんと読まなかった可能性がある。

なぜそうなるのか。この本の書評を書いた有名人たちの関心が、ルーズベルトについてフーバーが疑問に思った点ばかりに集中、フーバーが世界各国の状況について自身が知り得たこと、理解したことまで読もうとしなかったからではないか。

 

つまり、この本に書かれている各国の記述を、多くの言論人が読み飛ばしてしまったから、起きたことではないか?

そういう意味でこの本は、言論人や他人の力を借りず、書評等に頼らず、主体的に読書する姿勢が求められるのである。

「少年日本史」の中の「少年」という言葉の意味

  • 2018.12.22 Saturday
  • 13:34

歴史書のタイトルにて、「少年日本史」という言葉を使った歴史家が二人存在する。

渡部昇一と平泉澄である。

渡部昇一は、最晩年の歴史書にて、「渡部昇一の少年日本史」と題する本を出した。平泉澄は、亡くなる十数年前。「少年日本史」という言葉の本家は平泉澄。 渡部昇一については、何冊か著作を読まれている人なら、決して平泉澄からの引用とは語らないが、平泉澄の歴史観を上書きしているような印象がある。 渡部昇一の場合、平泉澄の「少年日本史」に特別の思い入れがあり、最晩年の歴史書のタイトルに「少年日本史」という文字を選んだのではないかと私はみている。

同時に、平泉澄が、なぜ「○○日本史」と題すべきところを敢えて「少年」の文字を入れたのか、気になっている。

乏しい知識で恐縮だが、「少年老いやすく学なりがたし」という諺のからとった可能性はないのか。

少年老いやすく学なりがたし https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%B9%B4%E8%80%81%E3%81%84%E3%82%84%E3%81%99%E3%81%8F%E5%AD%A6%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%8C%E3%81%9F%E3%81%97

この場合の「少年」の意味は、二通り存在するように思う。

一つは、若人のための日本史 もう一つは、「まだまだ若いと思っていた著者自身が、いつの間にか歳をとり、気がついたら大したことは学べず少年レベルで生涯を終える」という著者自身の人生を振り返る謙遜の態度がこめられた、日本史

平泉澄は、戦前・戦時中は、東大の教官かつ名うての言論人として知られ、敗戦後、自ら職を辞し下野、在野の言論人として言論活動を精力的に続けた。歴史書、伝記もの、神道解説書、エッセイ等を出している。

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http://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=5096

平泉澄博士全著作紹介 田中卓 編著

定価 1,944円 (本体1,800円) 品切れ

巨大な『平泉史学』の真髄がわかる、便利なガイドブック! 戦前・戦中・戦後の三十冊近い各著作の成立経緯・本文解説・意義影響などの解説から「皇国護持史観」の真面目が明らかになる。 ISBN 978-4-585-05096-4 Cコード C0030 刊行年月 2004年2月 判型・製本 四六判・並製  288 頁 キーワード  目次 はしがき−平泉澄博士小伝

前篇−主に研究書 『中世に於ける社寺と社会との関係』/藤本元啓 『中世に於ける精神生活』/出村龍日 『我が歴史観』/渡邊寛 『國史学の骨髄』/清水潔 『武士道の復活』/伊藤陽夫 『萬物流轉』/伴五十嗣郎 『建武中興の本義』/堀井純二 『菊池勤王史』/小川常人 『名和世家』/山本憲二 『楠公─その忠烈と餘香』/福永弘 『傳統』/付『革命と傳統』/横山泰 『芭蕉の俤』/嬉野通義 『寒林史筆』/秋山一實 『平泉博士史論抄』/所功

後篇─主に啓蒙書 『少年日本史』/付 英訳本/田中卓 『日本歴史物語(中)』/中山エイ子 『天兵に敵なし』/野木邦夫 『山河あり』(正・續・續々)/渡邊規矩郎 『父祖の足跡』(正・續・續々・再續・三續)/平泉隆房 『先哲を仰ぐ』(三訂版)/所 功 『山彦』(増補版)/川北靖之 『解説 近世日本国民史』/松浦光修 『解説 佳人之奇遇』/中村貴史 『明治の源流』/白山芳太郎 『明治の光輝』/渡邊毅 『首丘の人 大西郷』/浅野伸一 『日本の悲劇と理想』/付『忠と義』/三輪尚信 『悲劇縦走』/廣瀬重見 『家内の想出』/平泉和美

あとがき─本書の成り立ち─/所 功

付 平泉澄博士の略歴著作年譜と研究文献目録/野木邦夫 

人名索引/山本 憲二  平泉博士著作現行本の版元一覧 編者・執筆者紹介

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上述の著作解説によれば、「少年日本史」は啓蒙書に分類されている。 この歴史書は、歴史において価値がない時代についてまったく言及しないことで知られる、皇国史観の歴史書として知られている。絵画技法でいうとデフォルメという感覚に近い。 著者は、生前、講談社学術文庫にて、「物語日本史」と3分冊の文庫本で再版した。著者が、「物語日本史」というタイトルに納得しているかどうかまではわからない。

渡部昇一と平泉澄のこの二冊の歴史書は、どちらも私にとってバイブルみたいな存在である。

ゆえに、「少年日本史」、読み手にとっては若人のための日本史、書き手にとってはいつの間にか歳をとり学ぶべきことが少なかった自身を反省し遺作のつもりで書いた日本史、と私は捉えるのである。

西郷隆盛はもともと学者指向だった

  • 2018.03.01 Thursday
  • 15:22

今年の大河ドラマの主人公、西郷隆盛は学者指向だったことが、「工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史」(倉山満)の35〜36頁に書いてある。

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工作員の素地を培った精忠組

(西郷は)もともと学問で身を立てようと思っていたのですが、ますます熱心になっていきます。 西郷は大久保や有村俊斎(海江田信義)、吉井友実、伊地知正治、税所篤などと、読書会に励むようになります。 斉彬の擁立と藩政改革をめざし、勉強しようというのです。

これが後の精忠組(誠忠組とも)です。ちなみに精忠組と自ら名乗ったわけではなく、時の藩主茂久と国父久光が直筆で諭した書に「精忠士面々へ」、つまり、お前たちは精忠のものであるとあったことから、そう呼ばれるようになりました。

西郷は、朱子学の教科書である『近思録』を教科書に選びました。本書の主題である「工作員」の素地は、ここで培われます。西郷隆盛は幕末政局で巨大な人脈を築きますが、そのネットワーク作りに際し、共通の学問をした仲間というのは、財産であり、政治的な武器となりました。では、なぜ武器たりえたのか。

目的を持っていたからです。自分の学問を役に立てるぞ、と。具体的には斉彬擁立と藩政改革です。ただ闇雲に勉強しているのではないのです。ましてや、知識を増やせばいいという詰込みではありません。仲間とともに、「社会の役に立てるのだ」といおう問題意識で勉強している。だから、軸を見失わないのです。

幕末の志ある人たちは、学問でつながっているのです。それは学問を継承するという意味だけでなく、共通の教養を共有しているということなのです。平たく言うと、政治に関わる人が学問をしているのとしていないのとでは、会話もまるで違ってくるのです。 そうして学問をしながら力を蓄え、時を待っていると、風向きが変わりました。 幕府が薩摩の派閥抗争に介入し、斉彬擁立に動いたのです。斉彬は江戸屋敷の生まれで、老中阿部正弘をはじめ、幕府に多くの友人がいました。嘉永四(一八五一)年二月、幕府の圧力で斎興は引退に追い込まれ、斉彬がようやく藩主に就きます。 西郷は意見書を提出しましたが、これが藩政改革に取り組む斉彬の目に留まります。西郷が仲間たちと一緒に勉強したことを活かす日は、意外に早くやってきました。

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西郷隆盛は目的を以て、学問に取組んでいたのだそうだ。

日本の学界はどうであろうか? 志の低い、大学教官だらけのような気がするのである。

政治家は歴史の被告席に座る

  • 2018.01.25 Thursday
  • 07:18

中曽根康弘元首相は、政治家は歴史の被告席に座ると常々口にしているそうです。

http://www.sankei.com/politics/news/180125/plt1801250004-n1.html

自民・中曽根康隆衆院議員 同年の小泉進次郎氏を「先輩として見習いたい」 伯父、前川喜平前文科次官は「国益損ねることは避けないと」

 祖父に当選の報告をすると、開口一番「歴史を勉強しなさい」と真剣な表情で言われました。「先見性を持って国のかじ取りをできるようにならないと政治家としてはダメだ」とも。祖父が常に言う「政治家は歴史の法廷の被告席に座る」を指しているのだと思います。それでも当選はうれしかったのか、5分の間に5回も握手しました。

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