スパイ工作のために選ばれた「文豪ヘミングウエイ」

  • 2020.03.26 Thursday
  • 10:49

JUGEMテーマ:歴史

 

 

「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ」(渡辺惣樹)の一文を読んだ感想となるが、ヘミングウエイを活用したスパイ工作を企図した者は、英文学を含め歴史的な名作を嗜み、理解する相当なインテリのような気がする。

 

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狙われた文豪ヘミングウエイ

 

日本でもよく知られている作家アーネスト・ヘミングウエイがゴロスのターゲットになり、リクルートされていたことに触れておきたい。ゴロスの対ヘミングウエイ工作の手口は、ソビエトスパイ組織による、世論に影響ある人物利用の典型であった。

 

中略

 

中国訪問時のヘミングウエイは、彼自身がスパイとしての役割を自覚しない「第五列(スパイ)」だったようだ。しかし四一年末には、ヘミングウエイにはスパイとしてのコードネーム(アルゴー(ARGO)」が付けられている。これはソビエトが彼をスパイとして認知したことを示している。アルゴーはギリシャ神話に登場する英雄イアーソンが「黄金の金の羊の毛側」を求める航海に使った船の名である。ヘミングウエイと中国の反日自虐指導者たちの談笑の写真こそが、ゴロスやモスクワが求めていた「黄金の羊の毛皮」であった。

 

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ヘミングウエイの小説、ギリシア神話に出てくる英雄、これら二つを理解するインテリはソ連の中枢、それもスターリンの周囲にそもそもいたのであろうか。
根っからの共産主義者たちが関心を持つとは思えない。スターリンがご主人様と呼んだ人物はどうであろうか。

 

ソ連を支配するご主人様とは誰のことか
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1210


スターリンがご主人様と呼ぶ集団の中に、一連の政治工作を企図した人物が居たのではないかと考えるのである。

ルーズベルトは支配欲・名誉欲のために国連を必要とした

  • 2020.03.26 Thursday
  • 08:21

JUGEMテーマ:歴史

 

 

ルーズベルトは、「裏切られた自由」という本によれば、戦争をしたくないアメリカ国民に対し、アメリカ参戦をけしかけた人物とされる。
一方で、ルーズベルトの本当の夢は、平和維持の国際組織の設立とある。一見、矛盾しているように見える二つのことをどう結びつければいいのか。

ルーズベルトは、アメリカが参戦するように何者かに仕向けられたか、偽善者か、どちらかであろう。

 


「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ」(渡辺惣樹)から、該当箇所二カ所から引用させていただく。

 

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FDRの愛人の一人にマーガレット・サックリーがいる。彼女はFDRの死の場面に居合わせた。死の二週間ほど前の彼女の日記(一九四五年三月三一日付)に次のような記述がある。
FDRの本当の夢は平和維持の国際組織の設立なのです。その組織を起動させたいのです。他のことは彼には意味がありません。だからこそ彼には、健康に十分に気を付けてもらう必要があります。『国際連合設立計画を進めたいのでしょう。あなたが健康でなかったらそれも進みません。だから身体を大事にしなくては駄目よ』と言って励ましたのです」

 

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アルジャー・ヒスは、国際聯盟に代わる組織となった国際連合設立の会議(サンフランシスコ会議:一九四五年四月二五日〜六月二六日)を仕切った大物官僚(アメリカ代表)であった。FDRは死の直前まで、ポスト国際聯盟の行方を気にしていた。敬愛するウッドロー・ウイルソン元大統領は聯盟の設立は叶えたものの、議会の反対で米国はメンバーとして参加できなかった。FDRの脳裏には、議会との戦いの中で体調を崩し世を去ったウイルソンの悲劇のイメージが効けることはなかった。「自分は彼とは違う。最後までやる」という強い意志があった。新組織が設立できれば名実ともに世界のキングメーカーとなれる。しかし、FDRもその夢を果たす命が尽きた(四月一二日)。
FDRの国際連合設立の夢を託されていた男がソビエトスパイ、ヒスであった。

 

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ルーズベルトもモーゲンソーも経済の素人だった

  • 2020.03.23 Monday
  • 07:55

JUGEMテーマ:歴史

 

「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ」(渡辺惣樹)にて、ルーズベルト、モーゲンソー両人とも経済の素人だったことが書かれている。
いわゆるハルノートの作者が、国務省関係者でなかった背景に何があったのか。渡辺惣樹は検証を試みている。
ヴェノナでは、コミンテルンスパイにより戦前・戦中のアメリカ政界が操られたことが書いてあるが、なぜコミンテルンスパイ潜入を許す事態となったのかの説明となる。
ただ、経済的に無知で出来が悪く、大衆受けするルーズベルト、モーゲンソーをアメリカ政界を支配する人物が敢えて選んだ可能性も十分にある。その方が操りやすいからだ。

 

以下は、「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ」からの引用。

 

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モーゲンソーは、秘書のクロッツを通じて知己になったホワイトを気に入った。ユダヤ人同胞であり、また愛妻家であることにも好感が持てた。モーゲンソー同様に、アメリカ社会におけるユダヤ人に対する侮辱に激しく反発していたこともお気に入りの理由だったが、経済学者としての優秀さも重要な要素だった。経済・財政の素人モーゲンソーにとっては、信用(信頼)できるテクノクラートが必要だった。そんな彼にとってホワイトは最適に人物であった。ホワイトはモーゲンソーの右腕としてたちまち頭角を現した。
先に書いたようにFDRはハーバード大学は出ているが勉強嫌いで、専門のはずの歴史学でも戦史本を読む程度であり、経済学には全くの無知だった。FDRは「馬の合う」お友達モーゲンソーを財務長官に登用した。モーゲンソーも出来の悪い学生であり経済学の素人であった。


これがホワイトの出世に有利に働いた。ホワイトはFDRとモーゲンソーに経済学の素養がないことに気づいた。彼が財務長官に建言すれば、それがたちまち国家の方針として採用される可能性を見てとった。そして実際、事はそのように進んだ。
FDRはとにかくモーゲンソーを大事にした。あらゆる案件を彼に相談した。モーゲンソーが絶対忠実な部下であると信じ、裏切られない確信があった。だからこそ財務省マターでない案件についても彼の考えを聞いた。大統領のこのような態度によって、モーゲンソーはホワイトハウスの全ての案件に深く関与できる立場を得た。財務相マターでない案件、とりわけ国務相管轄の外交案件にも強い影響力を持ったのもそのせいである。そのモーゲンソーの右腕がホワイトであった。歴史修正主義に立つ史家アンソニー・クベックは次のように書いている。

 

「モーゲンソー日記を読むと、ホワイトが自身の考えや思い付きを長官に上げることによって次第に財務省マター全般に影響力を持つようになったことがわかる。モーゲンソーはホワイトの建言に基づく考えを大統領に頻繁に伝えた。彼は他の閣僚の誰よりも大統領に近い立場にいた。それがア重要な意味を持っていた。閣僚の格付けでいえばモーゲンソーは国務長官の下に位置するはずだった。ハル国務長官は、モーゲンソーが虎の威を借りて国務相マターに口を出してくることに不満だった」

日本の運命を決した「ハルノート」を、なぜ国務相の官僚でもないホワイトが書けたのか。読者の多くが訝しく思っていたに違いない。その理由がこれまでの記述でわかっていただけたことと思う。

 

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アメリカではスパイ摘発組織は独立した組織

  • 2020.03.21 Saturday
  • 13:56

JUGEMテーマ:歴史

 

「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ」(渡辺惣樹)のはじめににて、FBIのトップは、大統領に報告することなく業務遂行できるという趣旨のことが書いてある。

 

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ようやく解読の端緒をつかめたのは一九四六年のことである。対枢軸国の戦いは終わっていたが解読作業は継続された。その過程で、アメリカ連邦政府中枢にかなりの数のソビエトスパイが潜んでいることが知れてくる。ただ暗号に登場する個人名は特殊なコードネームに変換されていたため、スパイが誰であるかを特定できなかった。
この作業に思わぬ援軍が現れた。戦後になってソビエト諜報関係者の亡命が相次いだのである。さらに複数のアメリカ人スパイが自ら連邦捜査局(FBI)に出頭した。彼らはスパイが誰であるかを告白した。それまでに解読されていた暗号文書と告発された人物名を対照することで、コードネームでしかわからなかった人物が特定された。

ヴェノナで解読された情報はその性格上極秘であった。計画の存在さえもごく少数の関係者しか知らないことだった。収集された情報も極秘にされた。当時、政府中枢でヴェノナ文書にアクセスできたものは、ジョン・エドガー・フーバーFBI長官だけだったようだ。フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領(以下FDR)も、その死後を襲ったハリー・トルーマン大統領もその情報共有ループから外されていた。
ヴォノナ解読チームは政府中枢にいる何人かがスパイであることを突き止めた。その中に、財務省ナンバー2のハリー・デキスター・ホワイトと、国務省高官のアルジャー・ヒスがいた。司法当局(FBI)は、二人を含む容疑者らの監視を始めたが、そのころにはカウンターインテリジェンスを警戒するモスクワからスパイ行為停止命令が出ていた。そのため訴訟を維持するに足る証拠を見つけられなかった。

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なんでもかんでも大統領や関係部署に情報提供しているようでは、情報漏れでスパイの摘発は難しいと考えるべきだろう。

なぜ中共は日中記者交換協定を必要としたのか

  • 2020.02.29 Saturday
  • 12:45

JUGEMテーマ:歴史

 

東京オリンピックの最中に、中共は核実験を強行した。
東京オリンピックへの嫌がらせ効果は、少なからずあった。

この核実験に先立ち、日中記者交換協定が発効したとされる。

 

 

経緯的には、こうなっている。

 

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https://dic.pixiv.net/a/%E6%97%A5%E4%B8%AD%E8%A8%98%E8%80%85%E4%BA%A4%E6%8F%9B%E5%8D%94%E5%AE%9A

日中記者交換協定

日中LT貿易
『日中LT貿易』により経済交流が行われるようになり、昭和39年(1964年)4月19日に当時LT貿易を扱っていた、高碕達之助氏の事務所と廖承志氏の事務所は、日中双方の新聞記者交換と、貿易連絡所の相互設置に関する事項を取り決めた。

会談は、松村謙三衆議院議員と廖承志中日友好協会会長の代表者2人を始め、日本側から竹山祐太郎、岡崎嘉平太、古井喜実、大久保任晴が参加し、中国側から孫平化、王暁雲が参加した。

会談内容
廖承志氏と松村謙三氏との会談の結果にもとづき、日中双方は新聞記者の交換を決定した。
記者交換に関する具体的な事務は、入国手続きを含めて廖承志事務所と高碕事務所を窓口として連絡し、処理する。
交換する新聞記者の人数は、それぞれ八人以内とし、一新聞社または通信社、放送局、テレビ局につき、一人の記者を派遣することを原則とする。必要な場合、双方は、各自の状況にもとづき、八人の枠の中で適切な訂正を加えることができる。
第一回の新聞記者の派遣は、一九六四年六月末に実現することをめどとする。
双方は、同時に新聞記者を交換する。
双方の新聞記者の相手国における一回の滞在期間は、一年以内とする。
双方は、相手方新聞記者の安全を保護するものとする。
双方は、相手側新聞記者の取材活動に便宜を与えるものとする。
双方の記者は駐在国の外国新聞記者に対する管理規定を遵守するとともに、駐在国が外国新聞記者に与えるのと同じ待遇を受けるものとする。
双方は、相手側新聞記者の通信の自由を保障する。
双方が本取り決めを実施する中で問題に出あった場合、廖承志事務所と高碕事務所が話し合いによって解決する。
本会談メモは、中国文と日本文によって作成され、両国文は同等の効力をもつものとする。廖承志事務所と高碕事務所は、それぞれ中国文と日本文の本会談メモを一部ずつ保有する。
附属文書
かねて周首相と松村氏との間に意見一致をみた両国友好親善に関する基本五原則、すなわち両国は政治の体制を異にするけれども互いに相手の立ち場を尊重して、相侵さないという原則を松村・廖承志会談において確認し、この原則のもとに記者交換を行なうものである。

 

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この協定に基づく、最初の中共記者団の入国は9月27日であるとされる。

 

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http://www.ss-s.co.jp/sp/blog/?id=1518153889-729659

9.29・日中記者交換協定による中国記者団第一陣(新華社記者ら7人)東京に到着。日本側記者14人も北京着

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中共による核実験強行は、東京オリンピック期間(10月10日〜24日)の中間、10月16日に実施された。

考えようによっては、中共は、東京オリンピックを不参加とする一方で、東京オリンピック期間中の最初の核実験を計画、実施した可能性がある。

 

その場合、中共にとって、日中記者交換協定は、「中共による核実験について日本のマスコミに対し不報道とするか批判的報道をしないこと」、たとえば、「日本国憲法前文にある、平和を愛する諸国民に対する悪業」と報道させないことを目論んだと考えられる。

実際、経緯的には中共の目論見通り推移した。

 

結果から推定するに、日中記者交換協定は、中共が計画した核実験に係わる日本国内の世論対策目的だったと考えられるのである。

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