在野の研究者向けの本 歴史学関連

  • 2020.01.21 Tuesday
  • 18:29

JUGEMテーマ:歴史

 

 

読んでためになった本のリスト。

 

・歴史とはなにか 岡田英弘
・現代史を学ぶ 渓内謙
・歴史学の研究法 丸山二郎、児玉幸多
・歴史学研究法 今井登志喜
・歴史をつかむ技法 山本博文
・歴史を考えるヒント 網野善彦
・日本史の基礎知識 杉原壮介他編
・新しい史学概論 望田幸男他
・六国史 遠藤慶太
・歴史の愉しみ方 磯田道史
・近現代日本を史料で読む 御厨貴編

在野の研究者の研究成果が評価されるために必要なこと

  • 2020.01.18 Saturday
  • 10:12

JUGEMテーマ:歴史


在野の研究者の研究成果が、そもそも学界がリベラル支配となっている、学界の閉鎖性などの問題、学術的に評価されることは、ほとんどないと思われる。

学界がすべからくリベラル支配となっていることは、岩田温のサイトで推定可能。

 

2020.01.13保守はつらいよ…それでも発信し続けます
https://www.youtube.com/watch?v=IK9dHP6cpcI

 

学界が、在野の研究者を相手にしないことは、井沢元彦や渡辺惣樹の著作をきちんと読まれている方ならおわかりのことと思う。

礫川全次「独学の冒険 浪費する情報から知の発見へ」は、独学者の研究成果が評価されるために基本的に必要なことを簡潔にまとめている。

 

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「論文」を書く際に気をつけなければならないのは、ー分の主張が「独断」でなく、しかるべき根拠を踏まえていること、⊃簣世北詰や矛盾がないこと、その主張が「剽窃」ではなくオリジナルなものであることを明確にすることです。

中略

独学者の場合、特に在野で無名の独学者の場合、これはかなり重要ではないのかという事実(史実)を指摘したとしても、アカデミズム、ジャーナリズムの反応は、概して低調なものだと言ってよいのです。
ただし、独学者が、文献や資料を発掘したという場合ですと、やや様相が異なってきます。これまでアカデミズムの世界で、ほとんど取り上げられていなかった文献や資料を独学者が発掘したとします。その文献や資料が、学問上の価値を持つものであれば、アカデミズムとしても、これを認めざるを得ません。

中略

この本をお読みの独学者におすすめしたいことがあります。…………それは、資料集を編んだり、本を復刻したりすることです。珍しい資料、散逸しがちな資料などを集めて資料集を編む、忘れられた名著を復刻する、閲覧・入手が難しい稀覯本を復刻するなどです。これなら、研究実績のない独学者でも、十分に着手可能です。

 

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ただ、これには、先行研究調査の方法が書かれていない。
とかく、在野の研究者は、歴史書を書き上げる方に、熱意と精力の部分が向かい、先行研究調査が疎かになっている。一例として挙げると、近年、数十万部売れた歴史書には、年表の記載も参考文献の記載もなかった。一冊丸ごと、パクリ・剽窃の塊と揶揄されても仕方ない本である。
学界提出論文の場合、先行研究との関係について言及しない限り、評価のしようがないため、論文レベルに達していないという判定を下すのではないか。

大学の修士課程、博士課程で、大学の教官が学生に対し、先行研究調査を論文評価対象としているなら(実態は歴史学科に居ないので知らないが)、在野の研究者も学生の対応を見習うべきだろう。

在野の研究者を嘲笑する学者たち

  • 2020.01.17 Friday
  • 14:47

JUGEMテーマ:歴史

 

二冊の本で、在野の研究者を蔑視する記述を見つけた。

 

「独学の冒険 浪費する情報から知の発見へ」(礫川全次)では、あの松本清張も学者から素人扱いされたことに憤りを示したとある。

 

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佐藤忠男さんの『独学でよかった』を読んでいて、最も印象に残ったのは、次の箇所でした。(一七二〜一七三ページ)

日本の学者は素人をバカにする傾向が強億、いくらユニークな研究をしてもアマチュアはプロの仲間に入れてはもらえないことを、松本清張は多くの小説で憤りをこめて書いてきている。ところが彼自身は小説家として得た名声を支えとして、専門家と対等に討論できる立場をかち得たのである。もっとも、それでもなお、専門家から無礼な応対をされたことにふんまんを書き付けたメモがこの本のあちらこちらに見いだされる。

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国文学の世界では、「いろはうた」(小松英雄)という本にふざけた記述がある。

 

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2 以呂波の古い姿

「以呂波は、無実の罪で処刑されようとする死刑囚の残した、暗号による遺書であるということを証明した人がいる。その死刑囚というのは『万葉集』の歌人として有名な柿本人麻呂だというのである。もちろん、その最初の手がかりは「咎なくて死す」にある。著者は詩人だということで、奔放な着想がなかなかおもしろいが、日本語の歴史についての初歩的な知識を備えた読者には、胸をときめかせてそれを読むことができそうもない」

「……それは、柿本人麻呂が以呂波の製作に関して無実であったことの証明としても、必要かもしれない。もちろん、日本語史の専門家にとっては、一笑に付すべき妄説であるにしてもー。」

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これら、学者たちの、高慢な態度に対しては、公費でノウハウを身に付けた職業的成果とみなし、納税者でもある在野の研究者に対する、不遜な態度であるとして糺していく必要があるだろう。

独学で(歴史を)学ぶ人に役立ちそうな本

  • 2020.01.16 Thursday
  • 12:44

JUGEMテーマ:歴史

 

独学の方法について書いてある本の中で、良書と思われる本を紹介させていただく。

・独学で歴史家になる方法(礫川全治)
・独学の冒険 浪費する情報から知の発見へ(礫川全次)
・独学のすすめ(谷川健一)
・うひ山ぶみ 本居宣長
・天才の勉強術(木原武一)
・現代教育考 独学のすすめ(加藤秀俊)

 

このほかに、歴史学の本は読む必要がある。


独学で論文らしきものをまとめた在野の研究者に対し、税金で職務上のノウハウを得た専門の歴史学者たちは嘲笑する人たちだらけであることは覚悟すべきである。

日本は「単一民族」か否か

  • 2020.01.15 Wednesday
  • 21:16

JUGEMテーマ:歴史

 

麻生副総理が、「単一民族」発言で発言訂正含め、マスコミから袋叩きにあっているようである。

 

 

【菅官房長官】「アイヌ否定の意図ない」…麻生副総理の「1つの民族、1つの王朝」発言で
http://fxya.blog129.fc2.com/blog-entry-58882.html

 

 

 

たまたま、アイヌ側の視点に立って書かれた歴史書みたいな本に、「昭和40年頃の時点で、アイヌは民族として日本人に同化しつつある」という趣旨のことが書いてあった。
同化したと判断されれば、単一民族という解釈に至るはずである。

日本人の視点で単一民族かそうでないか議論する他に、アイヌ側からの記録文書として半世紀前に同化したと読み取れる歴史資料は、他にも発掘できる可能性はあると考える。

 

欧米列強が日本開国と明治維新を望んだ理由

  • 2020.01.14 Tuesday
  • 16:34

JUGEMテーマ:歴史

 

「メデイアが報じない 日米関係のタブーと世界金融支配体制」(飛鳥昭雄、池田整治)という本を読んでいるうちに、、欧米列強が開国と明治維新を望んだ理由が、国内で流通する金の買い取り、兌換紙幣流通させる目的での中央銀行設立であった可能が出てきた。

 

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池田

アメリカ南北戦争で北軍が勝った理由は日本の黄金が資金源だったからです。
ペリーはそれを奪いに来た。「捕鯨船の寄港地の確保」を開国を迫る理由としたのは大義名分であって、実際のところは黄金が目当てだった。

飛鳥

だから不平等条約を結んだ。

池田
坂本龍馬が新国家体制の基本方針として起草した「船中八策」に、金銀の交換比率の改正をする、とある(「一、金銀物資宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事」)もそのためです。

日本はもともと各藩、幕府が、金銀を用いた貨幣を造っていた。だから、本来なら庶民から税金を取る必要がない。今でいう中央銀行がないわけですからね。
しかし、今は中央銀行が紙で紙幣を造って政府を借金漬けにして、やがて国を支配していく。それがタルムードに全部書いてあるじゃないですか。悪しきユダヤ、アシュケナージ・ユダヤの奉じるタルムードに書かれていることが実行されている。

飛鳥
なるほど。まさに、そうだ。その結果、日本は江戸を中心に全国的なインフレーションに見舞われ、庶民の信頼を失った結果、江戸幕府が崩壊したとも言えます。

ちなみに、日本の銀埋蔵量も相当ですよ。島根県の石見銀山は現在閉鎖されているですが、今も掘ろうと思えば掘れるらしいんです。
世界状況が変わってコストに見合うようになれば採掘再開もありうる。ともかく、日本って金と銀がすごいんですね。
青森県の恐山に至っては金鉱脈が露出していて、その純度は世界最高レベルといわれます。

池田
幕末の頃、日本におけるきんっぎんの交換比率は外国に比べると、金の価値が三分の一も安かった。そこで、日本に銀をたくさん持っていけば、割安に金を入手できることになり、その結果、幕末い日本から金が大量に流出してしまった。
一説に、幕末に日本からアメリカに渡った金の送料はプール一つ分に相当するともいいますよ。

飛鳥
それって世界の金の総量を考えると……。

池田

実に、世界の三分の一ですね。

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南北戦争時代の、アメリカ国内への金の流入に関する調査資料を探す必要はあるだろう。渡辺惣樹なら知っていることかもしれないが。

 

歴史用語としての「神話」の意味

  • 2020.01.12 Sunday
  • 12:08

JUGEMテーマ:歴史


国語辞典の意味としてではなく、歴史用語としての「神話」の意味について、「日本は天皇の祈りに守られている」(松浦光修)の記述が参考となると考えたので引用させていただく。

 

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「神話」ではなく「神代の物語」

 

『古事記』や『日本書紀』に残されている「神代の物語」を、江戸時代の学者たちは、「神代巻」と呼んでいました。ところが、そういう言い方は、いつのまにか消えてしまい、今は学界でも世間一般でも、それらのことを「神話」と呼ぶようになっています。神道の世界にいる方々でさえ、そう言ってはばからない方がいますので、何も目くじらを立てる必要はないのかもしれません。しかし、私は近ごろ、「神話」という言葉に対して、かなり違和感を覚えるようになっています。

 

「神話」というのは、”myth”の翻訳語で、明治三十二年から、一般でも広く用いられるようになった言葉です(谷省吾『神道言論』)。しかし、この”myth”という言葉には、ほかの意味もあります。「作り話」「でっち上げ」「根拠のない話」などです。「神話」という言葉は、聞いただけでは、何やらありがたそうな言葉ですが、それはあくまでも表面上の話で、その言葉の内部には、きわめて否定的な意味が含まれているのです。
「一神教」に改宗した西洋の人々から見ると、「ギリシア」「ゲルマン」「ケルト」などの多神教の「神話」は「作り話」「でっち上げ」「根拠のない話」に見えたことでしょう。ですから、西洋から伝わったその言葉に、否定的な意味が含まれているのは、ある意味では当然のことです。

 

中略

 

ともあれ、「神話」という、いわば”日本の神々”に対して差別的な意味を含む翻訳語が広がり、やがて定着し、いつのまにか日本人も、わが国の「神代の物語」を「つくり話」と同じもの…と、思うようになってしまいました。そうねってしまった原因として、「戦後体制」のほかにも、わが国の近現代の「神話研究」の、悪い意味での”成果”が決定的な役割を果たしているように思われるのですが…

 

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記紀神話を語る際、西洋史的視点だけでなく、国語辞典的視点から語るべきではないと、松浦光修は言いたいのではないか。

GHQによる日本弱体化計画を必要とした民族がいた?

  • 2020.01.11 Saturday
  • 14:10

JUGEMテーマ:歴史

 

アシュケナージ系ユダヤ人については、「ユダヤ人とイギリス帝国」(度会好一)によると次のような定義となる。

 

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アシュケナージ

ノアの子孫とされるアシュケナズ(創世記10章3説)に由来する。中世初期のユダヤ人社会は地中海沿岸に集中していたが、11世紀頃からドイツ・フランス・イングランドになどに住み、13世紀末から相次ぐ追放によって東に移動し、17世紀からドイツ・ポーランド・ロシアなどに集中的に住んだユダヤ人の集団。トーラーを厳密に解釈し、儀式を厳格に守り、改宗か死かという土壇場に追い込まれると、改宗よりも集団自殺を選んだ人たちが少なくない。

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ただし、確認されている情報によれば、歴史的に集団自決実績が多い民族は、日本人であるようだ。

 

集団自決
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%9B%A3%E8%87%AA%E6%B1%BA

 

アシュケナージ系のユダヤ人が世界を支配していると言われているが、その団結力の源泉は、ローマ帝国の集団自決にあるとすれば、アシュケナージ系ユダヤ人からみて、敗戦したものの、日本人の団結力の強さは、脅威に映るのではないだろうか。

 

歴史的に遡ることになるが、島原の乱も信仰した人たちが日本人であったがゆえに、集団自決的戦いを選んだということになるのではないか。

 

世界を支配しているといわれるアシュケナージ系ユダヤ人たちは、民族としての優秀さ、団結心を誇りたいとした場合、アシュケナージよりも団結心強い民族がいては困ると考えているのではないか。

 

多くの日本人が敗戦に際して集団自決的死を選んでいることから、アシュケナージ系ユダヤ人たちは日本人を侮れない民族と考え、GHQによる日本弱体化計画が編み出されたと考えるのである。

 

岡田菊三郎のミッドウエー海戦に関わる証言

  • 2020.01.09 Thursday
  • 18:19

JUGEMテーマ:歴史

 

岡田菊三郎という陸軍軍人の談話が、「戦争調査会 幻の政府文書を読み解く」(井上寿一)にて紹介されている。

 

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E8%8F%8A%E4%B8%89%E9%83%8E

岡田 菊三郎(おかだ きくさぶろう、1897年(明治30年)1月13日[1][2] - 1985年(昭和60年)1月22日[1][2])は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。


戦争調査会 幻の政府文書を読み解く


ミッドウエー海戦=不要不急の作戦

もっと早く戦争を終わらせることはできなかったのか。戦争調査会における岡田菊三郎の談話記録(一九四六年五月二三日)が考える手がかりになる。岡田は言う。「世界から言わせれば悪いことをしたかも知れないが、悪いことは悪いことなりに、何とかもっと上手にできなかったか。私はやり方によっては、こんな惨めなことにならぬいい方法があったのではないかという気がして仕様がない」。

具体的にはどのような方法があったというのか。岡田は指摘する。「初めからハワイを奇襲した序に、なぜハワイを取ってしまわなかったのか」。岡田はくりかえす。「あのとき一挙にハワイをすぱっと取ったら、大分異なった情勢が生れたのでないか」。

中略
岡田はミッドウエー作戦を不要不急の作戦と批判して、つぎのように述べている。「あの前は向こうの艦隊をばっさりやってしまってしまって太平洋を横行しておったので、何もこんな拙いことに急になるべき筈ではなかった」。


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真珠湾攻撃は、アメリカ軍基地の燃料タンクを爆撃していない点において、軍事作戦上失敗である。

 

トラ・トラ・トラなるアメリカ軍事映画は、日本側の稚拙な軍事作戦を日本国民に悟らせないための、3S作戦の一環として企画されたものであろう。

 

トラ・トラ・トラ!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9!

キリスト教が植民地支配の尖兵だったことを示す記述

  • 2020.01.08 Wednesday
  • 18:19

JUGEMテーマ:歴史

 

「イエズス会の歴史 上」(ウイリアム・バンガート)にて、当時のキリスト教が植民地支配の先兵であったことを裏付ける記述を見つけた。

 

 

・ザビエルの極東の任務は、ポルトガル国王が進める植民地帝国活動の一環とする記述

 

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ザビエルが極東の任務に当てられたのは、ポルトガル国王ジョアン三世が自分の広大な植民地帝国に溢れている何百万もの人々を教化したいと切望した結果であった。パリのサント=バルブ学寮のポルトガル人の学長、デイオゴ・デ・ゴウヴェア博士は、イグナティウス・デ・ロヨラを中心とする熱心な一団のことを思い出し、自分の君主に宣教師として推挙し、国王ジョアン三世は駐ローマ大使を介してイグナティウスに協力を求めた。

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・ポルトガル王から特使に任命され、信任状と献上品が付与されていたとする記述

 

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大いに期待をかけていた都は、ザビエルの労に断固たる拒絶で報いた。比叡山は部外者の入山を禁じていた。帝に拝謁することは贈り物をしない限り不可能だった。その上、ザビエルとフェルナンデスは一一日間しか帝の町にいなかったが、それだけでも帝が実権を奪われた無力な主権者であり、昔日の栄光の影にすぎないことがわかるのに十分であった。ザビエルの壮大な目論見は、この国の社会・政治機構についてのひどく間違った情報にもとづいた浅はかなものだった。彼はこの現実を即座に受け入れて、新しい計画を立てた。山口の大名は実際に権力をもつ大名であり、こちらの威風を見せることでのみ心を動かされる。そこでザビエルは立派な衣装をまとい、−ポルトガルの特使に任命されていたのでー美しく書かれた信任状と、念入りに取り揃えた献上品を携えて山口の大名の前に姿を見せることにしたのである。

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この「ポルトガル王とアジアに派遣された宣教師との関係を示す記述」のほかに、派遣された宣教師の情報収集活動の存在、情報収集活動に関わる報告書の提出先がポルトガル王であること、派遣された宣教師の情報によりポルトガル王ないし委任を受けた者が軍事活動を行ったことに関する情報が集まれば、当時のキリスト教宣教師たちは、植民地支配の先兵、植民地支配のためのスパイであると断定しうると考える。

 

 

 

 

吉田茂内閣が戦後レジームを完成させた?

  • 2020.01.07 Tuesday
  • 11:00

JUGEMテーマ:歴史

 

「今、「国を守る」ということ 日米安保条約のマインドコントロールから脱却せよ」(池田整治)という本に、サンフランシスコ講和条約調印と、日米安保条約、日米地位協定という、戦後レジームの二大重要骨格を吉田茂が日本側代表として臨み、調印した経緯について簡潔に述べられた箇所があるので引用させていただく。

 

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一九五一年、日本はサンフランシスコで講和条約と日米安保条約に調印しました。講和条約が執り行われたところはオペラハウスで四八か国の代表が調印しました。終戦時、ミズーリ号上に並んだ国家のうち、ソ連は調印拒否、中国は招待されず、インドは参加そのものを拒否しました。
では日米安保条約は?アチソン国務長官、ダレス国務省顧問、ワイリー&ブリッジスの各上院議員の四人です。日本は?吉田一人。しかも首相としてではなく個人としてです。肩書を明記していません。場所は?郊外の米国陸軍下士官クラブ。まるで拉致されるように連行されてきたわけです。吉田も怖かったでしょうね。
問題は条約ではなく、いまも禍根を残す「日米地位協定」(五一年の安保条約締結時は日
米行政協定)にあります。条約は国会審議と批准を必要としますが、協定にはそんな面倒くさいことはありません。日米安保条約は五箇条ですが、行政協定は二九条もありました。都合の悪いことはすべてこの行政協定に紛れ込ませたのです。
ダレスが要求したことは「アメリカが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間、駐留させる権利」です。これを変えようとしたら必ず潰されます。鳩山由紀夫さんが「最低でも県外(普天間問題について)」と発言し、あっという間に政権は潰されました。

普通、独立を勝ち取ったら、占領期の首相(=吉田茂)は交代するものですが、この権力旺盛な男は居座りました。
当時、宮沢喜一(のちに首相)は驚きました。「これでは独立する意味がない、に等しい……」
ダレスの要求(アメリカが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間、駐留させる権利)を吉田茂は行政協定に密かにまぶして書き込もうとしたのですが、宮澤から指摘されてできなくなると、岡崎勝男というイエスマンを使って「交換公文」という抜け道でこっそり認めました。
おかげで岡崎は外務大臣に昇進します。吉田茂の首相在任期間は七年でしたが、最初の四年半は自ら外務大臣を兼務していました。残る二年半はイエスマンにまかせています。

 

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吉田茂は、サンフランシスコ講和条約締結だけでなく、日米安保条約、日米地位協定を発効させ、現在に引き継がれる形で履行した最初の政治家ということになる。

ダレス的には日米安保条約は、戦後レジーム維持を目的とした騙しの手口であることがすでに判明している。

 


日米安全保障条約という「騙しの論理」を編み出した男 ジョン・フォスター・ダレス
http://gendaishi.jugem.jp/?eid=1185

 


しかしながら、軍事同盟という重要な条約は、米国陸軍下士官クラブという場所、そして恫喝的手段で肩書のない私人が締結すべきべきものであろうか。
このような経緯、そしてダレスの侮日発言を知れば知るほど、日米地位協定を根拠として駐留が正当化されている在日米軍は、アメリカ政府にとって別の駐留目的があるか、そうでなければアメリカを支配する者たちのための私兵ではないかという疑いを持たざるを得なくなるのである。

 

キリスト教の布教が(日本以上に)中国で熱心に?取り組まれた理由

  • 2020.01.05 Sunday
  • 15:00

JUGEMテーマ:歴史

 


「イエズス会の歴史 上」(ウイリアム・バンガート)に、ザビエルの中国人観が紹介されている。

 

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ザビエルは教えながら学んでもいた。日本の人びとが世界で一番博識なのは中国人であると思っており、芸術、思想、宗教の刺激と手本を海の向こうのこの大帝国に求めていることがわかった。この文化的依存関係を知ると、前々からのザビエルの中国への関心の度が増し、中国の改宗が日本の改宗に最も効果のある鍵だという見解に転ずることになった。自分の所領を訪れるようにとの豊後の大名の招きが、ザビエルが日本を去り、中国入国を企図する決心という一連の出来事の開幕となった。

 

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中国の改宗が日本の改宗に最も効果のある鍵という言葉の意味を考えてみたい。ザビエルは日本では思ったほど、布教活動がうまくいっていないと受け止めていた可能性はないのか。


また、当時の日本人の指導者たちは、ポルトガル人よりも中国人の方が有能と思っていた可能性はないのか。
そのうえで、明治から戦前の一時期の期間、多くのキリスト教宣教師たちが、日本での布教活動が思ったほど成果が上がらず、ザビエルの上記の見解に辿りつき、著者がこの本でザビエルの見解を紹介するに至った可能性はないのか。


そして、戦前中国で布教活動した宣教師たちの中に、日本での布教活動がうまくいかず、中国に活動の場を移した人はいなかったか。その布教の場を日本から中国に変えた宣教師の中に、中国での布教活動も期待したほど進まないジレンマなどから、本国に対して日本を憎むように仕向け、かつ宣教師たちの生活向上に繋がる中国支援を呼びかけた、可能性はないのか。

その端的な例は、東京裁判で南京大虐殺について伝聞証言した、キリスト宣教師ではないのか。

 

 

なお、一連の考察は、仮説である。南京大虐殺があったとする時代に、中国で布教活動していたキリスト教宣教師の布教活動履歴、布教実態について調査しておく必要があると考えるのである。

瀬島龍三の権力の源泉

  • 2020.01.04 Saturday
  • 14:06

JUGEMテーマ:歴史

 

「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」(鬼塚英昭)を読んでいくと、瀬島龍三の力の源泉が見えてくる。

まず、権力の源泉として最も重要と位置けられることとして、瀬島龍三は、ソ連抑留時代の前後、昭和天皇の東京裁判での免責交渉において、ソ連の支配者と面識があったのではないか。

 

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ヴィクターはケンブリッジ大学時代に「使徒会」なる秘密結社に入った。アメリカのエール大学に「スカル&ボーンズ」という秘密結社があるように、ケンブリッジ大学には一年に十二人の生徒だけが入れる結社がある。この結社に入ったほとんどの学生はホモセクシャルの関係にある。ビクターは、ガイ・バージェス、キム・フイルビー・アンソニー・ブラント、ドナルド・マクリーンを誘い、「ケンブリッジ五人組」のホモ組織をつくり、そのリーダーとなった。ヴィクターは仲間の彼らをソ連のスパイに仕立てあげた。原爆の開発過程が具体的に進行していくにつれ、彼らはその機密情報をソ連に流していった。ついに原爆が完成して、広島と長崎に落とされた後も、彼ら五人は原爆の重要情報を流し続けた。原爆の情報だけではない。数多くの”機密”がヴィクター・ルートでソ連に流された。この事実はマーガレット・サッチャーが主将の時代、ヴィクターの行状として明らかになる。

中略

ヴィクターはどうして原爆情報をソ連に流し続けたのか。彼がソ連を支配していたからである。ニキータ・フルシチョフが首相を退任後、『フルシチョフ回顧録』を書き残したが、その中で、「スターリンがよく『ご主人様』という言葉を使っていた」と書いている。間違いなくヴィクター・ロスチャイルドを指している。

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二つ目の源泉として、瀬島龍三は昭和天皇の東京裁判での免責を成功させた当事者として、昭和天皇は、生涯処遇せざるを得なかったのではないか。

 

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中曽根を実質的にというか、本当に動かした人物がいた。その男の納は瀬島龍三(一九一一〜二○○七)である。大本営参謀として、ソ連が天皇を戦犯で東京裁判で訴えることを察知すると、瀬島龍三はシベリアに渡り、天皇の免責と引き換えに、五十万以上の兵隊がシベリアに抑留され、強制労働させられることをゆるした。瀬島龍三は一九五六年までの十一年間、ソ連に抑留された。しかしシベリア抑留時代、高級士官待遇でソ連に厚遇された。一九五六年に釈放されると、一九五八年、伊藤忠商事に入社、一九八七年に同社の副社長となった。天皇の影武者として、そ
の生涯、中曽根康弘ら多くの政治家を自在にコントロールした。瀬島龍三は戦後、情報機関をつくり、原発第一号の正力松太郎もその指揮下においた。私は、瀬島龍三こそが日本の最高権力者であり続けたのではないかと思っている。

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三つ目の源泉として、瀬島龍三は、中曽根に対して、ウラン利権の黒幕であるヴィクターとの関係、昭和天皇免責を成功させた当事者として、支配者ないし支配者の代理人として振る舞ったのではないか。

 

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一九八二年十一月二十七日、第一次中曽根内閣が成立した。その一ヵ月前の十月なのかに中曽根は、日記に次のように記している。
「瀬島龍三に委細を話、今後の対策を考えてもらう。瀬島氏にはその折りの財界工作、田中角、福田工作を相談する」
瀬島龍三は昭和天皇の相談役でもあり続けた。「田中角、福田工作」とあるように、さすがの田中角栄も瀬島龍三の忠告には逆らえなかった。中曽根外交のうち、対韓国に関しては瀬島龍三がすべて、指揮権を握っていた。中曽根内閣は一九八三年十二月十八日に「平和問題研究会」を発足させたが、そのリーダーも瀬島龍三であった。

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次に、補足事項として、「語られなかった皇族たちの真実」(竹田恒泰)のあとがきにて、著者が、父から言われ出版化することに一時は逡巡した後、出版化について、複数の皇族、宮内庁、瀬島龍三に相談したとの記述がある。

瀬島龍三には二度相談。一度目は「皇室典範の政府内議論に逆行するような意見は表に出すべきではない」との見解が瀬島から示され、二度目は「皇室典範改正私案部分を削除したことを報告したことに対し同意が得られた」と書いてある。

 

これについては、瀬島龍三が、國體に係わることについて皇室関係者に意見を述べたことから、ソ連の支配者の代理人として、昭和天皇の覚えめでたい人物として、振る舞ったと考えられるのである。

中曽根がホモ?になった、そもそものきっかけ

  • 2020.01.03 Friday
  • 08:40

JUGEMテーマ:原発事故、その後の影響

 

 

中曽根元首相については、かなり以前からホモ伝説がある。
そうなったきっかけは、どこにあるのか。

 

 

「黒い絆 ロスチャイルドと原発マフィア」(鬼塚英昭)の一文を読むと、中曽根は、世界を支配する者たちがホモ関係であることを知らされ、自身もその関係を迫られ(キッシンジャーとの交流を通じて)応じ、その結果、日本の政界を支配するために、ホモ関係となることを選んだ可能性がある。

核兵器に係わる、ロスチャイルド系のホモネットワークは、最終的に原子力の平和利用に移行した。ホモ関係の核兵器ネットワークが、ホモ関係の原子力平和利用ネットワークに移行、その動き、その人脈の中で、日本に多数の原子力発電所が建設されたと考えるのが自然である。

 

 

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ここで少しだけ、ヴィクターに関することを書いておく。一つは、ヴィクターが間接的ではあるけれどもマンハッタン計画を支配していたということである。マンハッタン計画の最高責任者はヘンリー・ステイムソン陸軍長官(実質は国防長官)であり、ロンドンにあるロスチャイルドを中心とする秘密組織「ザ・オーダー」のアメリカでの最高の地位にあったのもステイムソンであった。

ルーズヴェルト大統領はステイムソンにマンハッタン計画の全責任をまかせた。トルーマンは副大統領ながらも、マンハッタン計画について全く知らされることはなかった。このマンハッタン計画につくぁれた費用は財務省と連邦準備銀行から出された。このときの財務長官は、ヘンリー・モーゲンソー・ジュニアである。彼はロスチャイルドの血族である。マンハッタン計画とは、イギリスの原爆製造計画の場をアメリカに移しただけで、実質的には、ヴィクター・ロスチャイルドの意向通りに進められたのである。なお、マンハッタン計画は、一九四二年六月のチャーチルとルーズヴェルトの会談の跡に実行段階に入る。一九四三年八月のケベック会談では、正式協定が結ばれたということである。

中略

ヴィクターはケンブリッジ大学時代に「使徒会」なる秘密結社に入った。アメリカのエール大学に「スカル&ボーンズ」という秘密結社があるように、ケンブリッジ大学には一年に十二人の生徒だけが入れる結社がある。この結社に入ったほとんどの学生はホモセクシャルの関係にある。ビクターは、ガイ・バージェス、キム・フイルビー・アンソニー・ブラント、ドナルド・マクリーンを誘い、「ケンブリッジ五人組」のホモ組織をつくり、そのリーダーとなった。ヴィクターは仲間の彼らをソ連のスパイに仕立てあげた。原爆の開発過程が具体的に進行していくにつれ、彼らはその機密情報をソ連に流していった。ついに原爆が完成して、広島と長崎に落とされた後も、彼ら五人は原爆の重要情報を流し続けた。原爆の情報だけではない。数多くの”機密”がヴィクター・ルートでソ連に流された。この事実はマーガレット・サッチャーが主将の時代、ヴィクターの行状として明らかになる。

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マッカーサー解任となり得る別の事由

  • 2020.01.01 Wednesday
  • 13:13

JUGEMテーマ:歴史

 

マッカーサーは朝鮮戦争時、核攻撃を提言したために、解任されたとの説が有力だが、そうでないとする説を、「メデイアが報じない 日米関係のタブーと世界金融支配体制」(飛鳥昭雄、池田整治)から見出した。

 

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飛鳥
アメリカのダレス(アイゼンハワー政権下の国務長官)が、「マッカーサーの作った憲法九条のせいで日本軍を朝鮮戦争に送り込めない、何とかこの苦情を外せないか」と言って、あの手この手で憲法をかえようとしたけど、当時の首相の吉田茂は、それをのらりくらりとかわした。

 

池田

ダレスの恐喝をうまくかわしましたね。

 

飛鳥
それで、アメリカは「とんでもない憲法を作ってしまった」と後悔した。しかし、アメリカは長い時間をかけて、今、ようやく九条を外すことに成功しつつある。

 

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マッカーサーがつくった憲法九条のせいで日本の軍隊を朝鮮戦争に送り込めなかったため、ダレスは、朝鮮戦争をシーソーゲームのようになるようすることを通じて、マッカーサーに対し憲法九条改正させるように仕向けたが、委細を知る吉田茂はのらりくらりかわした、という見方ができそうである。

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